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第110話

主に風早のせいでトイレから息切れ切れに出てくる。人気の少ないところのトイレとはいえ一 応廊下に人がいないか確認していると、風早が何事もなく堂々と出ていくので俺はすぐに腕を引っ張った。 「ちょっと、隠れるくらいしろよっ」 「なんで?俺ら別にトイレ行っただけでしょ?逆にびくびくしてる方が怪しいよ」 「いや、でもだな、その・・・こ、声とか」 「あー、ちょっと声出ちゃったから?聞こえてないか心配ってこと?大丈夫大丈夫」 「言うなってば!!」 そのまま廊下を歩いて行こうとする風早を小走りで追いかけて隣を歩く。あと十分もしないうちにホームルームが始まるので、早く教室に行こうと早足になった時だった。 「朝からお盛んだよなぁ」 階段裏にちらりと見える白衣。見知った声。眠り姫の王子様、もとい保健の横井先生だ。 完全に聞かれていたっぽくて俺は逃げようと踵を返したが、風早は動かない。むしろニコリと笑みを浮かべて横井先生に向き直った。 「おかげさまで俺たちラブラブだから」 語尾にハートが付くくらい甘い声で風早がそう言った。うげぇ、と横井先生が顔を歪めたがすぐに真面目な顔になる。 「お前ら仲いいのはいいけどサボんなよ」 「王子様が先生みたいなこと言うなんてびっくりするね」 「俺は先生だからな、王子様呼びやめろって」 鹿山先輩と付き合っている横井先生。前に風早と仲たがいしたときにお世話になった。あの時は俺も必死で相談もたくさんしたが、今思えばかなり恥ずかしい。 「幸もよかったな、ちゃんと想い伝えられたんだろ?」 あぁもうこういうことになりそうだから会いたくないんだ。風早はなんだか嬉しそうな顔をしているし、横井先生も明らかにニヤニヤしている。絶対楽しんでるこの状況。 「・・・そうですね」 ぶっきらぼうにそう返事して、今度こそ教室に向かおうと歩き始めたのだが。 「お前の嫁が冷たいぞ」 横井先生の思わぬ言葉に俺の足も勝手に止まる。・・・嫁?嫁って嫁? 「俺の嫁は俺以外に冷たくていいんですぅ」 風早はなんてことないように言い返しているが、って違う。そこを直してほしい訳じゃない。 「嫁っていうなっ!!!」 「いいじゃん、響きが素敵だし」 俺のことはダーリンって呼んでもいいよぉ、とデレデレした顔で風早が言う。いうわけないだろ馬鹿が。そんな思いも込めて腹を殴ってやる。少し強めで。 「はっはっは、お前らほんと仲良しだなぁ。覚えてるか?お前俺と三保のこと見て俺もそんな風になれますかね?とか言ってたの」 言ったこともある気がする。鹿山先輩と横井先生が楽しそうに二人で話しながら小突きあってたのを見て少しうらやましかったのだ。思い出すだけで恥ずかしい。黙っていたのを肯定ととらえ、横井先生がべらべらと余計なことを話し出した。 「お前らなってるよ、そんな風にな。っていうか、三保に手解きしてもらったんだろ?男同士のやり方も。うまくいったのか?」 「ちょっちょちょっ!なんでそういうこと言うんですかっ!!!」 「うまくいったのかぁ、よかったなぁ」 うんうん、と感慨深く頷く横井先生。風早が隣で固まっていたが、やがて口を開いた。 「な、に?手解きって・・・何?」 「なんでもないから、ほんとになんでもない。ほら、もうホームルーム始まってるから早く行こう?な?」 教室の方向を指さして一生懸命呼びかけるが、動く気配がない。横井先生が笑いを堪えている。これはまずい。 「え、俺気になる気になる。俺だけ仲間外れっておかしくない?幸の彼氏でしょ?恋人に隠し事はよくないなぁ?」 早口でそう捲し立てられて俺はつぅーと冷や汗を垂らした。余計なことを言いやがって、と横井先生を睨むけどまだ笑いを堪えている。ほんとむかつく。 「まぁまぁ、幸頑張ってたからさぁ」 やっと笑いがおさまったのか、横井先生が口を出してくるが風早は納得いかない様子でかなり不機嫌だ。 「っていうか、王子に幸って呼ばれてんのもむかつくんだけど俺。ねぇ、王子権限で今から俺たち風邪ってことにしてくれない?」 「なんでだよ、早く授業行けよお前ら」 横井先生が冷たくあしらうが、風早は全くひるまず言い返した。 「ねぇっ!王子でしょおお!?言い出したのっ!責任取って!!せめて頭痛かなんかでいいから担任に言っといてよ」 「あー、はいはい。俺のせいね、わかったわかった。言っとくからトイレ、好きに使ってくれば?」 「こういう時ほんと保健室の先生って役に立つよね」 「うるせぇ」 「何回もこれ使って三保といちゃつく時間作ったでしょ」 「うるさいうるさい黙れってもう」 「否定しないってことは・・・」 「じゃぁな」 ひらひらと手を振って横井先生が階段を上がっていく。残された俺と風早。嫌な予感しかなくて、少し後ずさる。 「どこ行くの?さっきの話の続きしようよ」 「・・・、い、いやだ」

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