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第114話
「今日姉ちゃんはバイト、多分母さんは家にいると思う」
「お父さんは?」
「父さんは・・・、朝いなかったから出張かな?いない時結構あるからいないと思う」
帰り道、風早に家の事情を話す。といっても、特に大事な話もないのだが。
「そっかー、お母さん好きなものとかってあるの?」
「好きなもの・・・」
たまに買っちゃった、と手に持って帰ってくるのは少し高級なフルーツくらいだ。服や化粧品にも無頓着で必要最低限あれば欲しいなぁとぼやくこともない。
テレビだって・・・、あ。
あった、母さんが好きなもの。
「く、く・・・」
「待って、幸が言いたいことがわかった。もういいもういい」
ストップ、と手を上げて俺の言葉を遮った。今を輝くスーパーアイドルはクラスの女子だけではなく、母親世代までを虜にしている。
「・・・ごめん」
「なんで幸が謝るのさ、確かに気は乗らないけど一応戸籍上だと俺とあいつは血が繋がってるからね。使えるとこは使ってかないと」
そう言った風早が素早く携帯を取り出して誰かに電話をかけた。もしもし、と軽い挨拶から始まり、声をひそめてあれをお願いとつぶやいた。
「ううん、寝顔の方がレア度高いからそっちがいいや」
・・・なんの話をしているんだ。
「そうそう!それ!あとで俺の携帯に送っといて」
最後にありがとう、と言った風早がピッと電話を切る。そのあと俺の方を向いてガッツポーズをした。
「これでもう余裕でしょ」
「本当か・・・?」
「うん、だって難攻不落の幸もちゃんとこうやって落としたし、幸と血繋がってるなら幸のお母さんも幸と一緒。幸の家族は俺に惹かれる運命にあるからね」
さらっとすんごいことを言う風早は俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。朝の寝癖がまだ残っていてぴょこぴょこと動いているのが地面に映る影でわかる。
「まぁ、お前がそう言うんじゃ大丈夫・・・だろ」
「何で今ちょっとためらったの!!大丈夫だろ!でしょ」
「・・・大丈夫だろ」
「うん」
満面の笑みで風早がこくりと頷いた。家に着くまであと数分。
俺は緊張でドクドクうるさい心臓を鎮めるために深呼吸しながら歩いた。
「た、ただいま」
玄関の扉がなんの躊躇もなく開く。ここで鍵がかかっていたりしたら母さんは家にいないってことで・・・、でも開いたってことは母さんがいるってことで。
ほら、ホラーゲームでよくあるやつ。部屋の扉が開いて欲しい気持ちもあったかもしれないけど、開かないないと前には進めないけど、心のどっかでは開いて欲しくなかったなぁっていう気持ち。でも開いちゃったからには進まなきゃいけない。
いつもは靴を脱いだあと揃えるなんてことしないのに、一応揃えた。普段しないことをしてしまうほどやっぱり俺は緊張している。風早も俺の後ろで靴を綺麗に揃えていた。
「あ、ほらスリッパ使って・・・」
ゲスト用のスリッパを渡して俺はリビングの方を見つめる。テレビの音が小さく聞こえてきて、母さんがリビングにいることがわかる。
「幸、大丈夫だって」
いつのまにか風早は俺のすぐ後ろにいた。ぎゅっと肩を掴まれて、そのまま抱きしめられる。ドア一枚挟んだ向こう側に母さんがいる。それでもすぐに振り払えなかったのは、多分俺が本当にこいつのことを好きだからだ。
「・・・ありがとう、もう大丈夫」
振り返って、風早に精一杯の笑顔を見せた。風早が後ろで可愛いっ、とつぶやいていたがそれは無視してリビングの扉を開いた。
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