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第115話
「た、ただいま」
母さんはやはりソファに座ってテレビを見ていた。まだ俺たちに気づいている様子はなく、近寄ると気づいたらしい母さんがこちらを向いた。
「あら、おかえり・・・、彼は?」
後ろの風早を見て母さんは驚いた顔をした。ぴ、とテレビの電源を切った彼女はおそるおそるこちらに近づいてくる。
「はじめまして、小日向風早です」
丁寧に自己紹介した風早がぺこりとお辞儀をした。営業スマイルで母さんに微笑む、栗原に負けず劣らず綺麗な顔をしている風早に、母さんも気分がいいのか頬をちょっぴり染める。
「ご丁寧にありがとう。幸の母親です、いつも幸がお世話になってます」
ぺこりと母さんもお辞儀する。何だか、本当にご挨拶していて拍子抜けした。
「あぁ、いえいえ。僕の方がいつも幸にはお世話になっています」
風早の口から僕、という単語が出るとは思わなかった。完全によそ行きモードの風早だ。
「ふふふ、そうなの?小日向くんのこと、果歩からよく聞いてるわ。幸と随分仲がいいみたいで・・・」
ん、と首をかしげる風早に俺はそっと耳打ちした。
「果歩はうちの姉ちゃんのことな」
なるほどね、と風早は笑った。なんだか風早が別人のようだ。まぁ、こんな場所でもいつものごとくエロエロ魔人でいられたら困るから助かったといえば助かったのかも知れない。
「果歩さんにもよくしてもらってますよ。お母さんに似てとてもかわいいお姉さんですね」
・・・前言撤回、別人過ぎて怖い。誰だよ、お前。
「やだ、可愛いなんて・・・こんなおばさんに」
母さんもまんざらではないみたいでまたぽっと頬を染める。恥ずかしいからそんな反応をするのはやめてくれ。
「そ、そうだ。小日向くんは甘いもの好き?ご近所さんにお土産で美味しいお団子貰ったの、よかったら食べてくださいな」
滅多に出さない紅茶とお団子を出した母さんは俺の部屋に風早を案内する。ゆっくりしてちょうだいね、とひらひらと手を振ってそそくさとリビングに戻ってきた。
「あ、あれなの?あんなにイケメンなの?小日向くんって!果歩から聞いてたけど、あんなにイケメンなの?」
ぼーっとリビングに突っ立っていた俺に、母さんがマシンガンのように話し始める。
「え、え、え、私の聞き間違い?それとも勘違いじゃなかったらあんたと小日向くんって、えっとその、あのね・・・」
「・・・、付き合ってる」
「そうそう、それ、付き合って・・・えっ!!!!!!!」
うちの子が、あんなイケメンと付き合うなんてことある?ぼそりと母さんがつぶやく。おい、それは息子に対して言うことかよ。
「付き合ってるから」
ぴしゃり、とそれだけ言い残して俺もすぐさま自室へと向かった。後ろで母さんが何か言っていたが聞こえないフリ。すさまじいスピードでドアを開けて体を捻じ込み、バタンとドアを閉めた。
「・・・幸?どうしたの?」
お団子を頬張る風早が間抜けな声でそう問うた。四つあったお団子がもう二つになっている。
「い、い、・・・い、」
「い?」
「勢いでお前と付き合ってるって言った・・・」
「え?」
開いた口がふさがらないのか、風早がぽかんとこちらを見つめる。食べかけのお団子が開かれた口から見えている。汚いから早く閉じなさい。
「だから、付き合ってるって言った」
「幸が?」
「おう、てかなんか知ってるっぽかった」
「お母さん?」
「おう」
こくりと頷くと風早はむぅ、と唇を尖らせた。
「俺が言いたかったのに・・・幸とお付き合いさせていただいていますって」
「い、言わんでいいっ!もう知ってたし・・・」
「幸が言ってるところ見たかったなぁ。俺、風早と付き合ってるからって」
「そうは言ってないっ!!!!」
「じゃぁ何て言ったの」
「・・・、付き合ってるからって、・・・言った」
「あぁもぉぉ、かぁわいいっ」
食べかけのお団子を皿に戻し、風早が駆け寄ってくる。抱き着いてくるんだろうなぁって思ったらやっぱり抱き着かれた。
「幸は誰と付き合ってるって?」
耳元で風早が問うてくる。答えなんて俺よりこいつの方が知ってるくせに聞いてくるなんて卑怯だ。そう思って何も言わなかったら、耳をぺろりと舐められた。
「うぁっ」
「幸は、誰と、付き合ってるの?」
耳たぶを吸われ、ちゅぅという音が頭を支配する。自分の部屋で、こんなことされて、毎日思い出してしまうじゃないか。
観念した俺が、「お前」と小さくつぶやくと顔は見えないけれど風早がニヤニヤしているのがわかった。
「せーかい」
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