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第116話

今度は風早の唇が頰に寄った。お互いの息がかかる位置。そのままキスされるんだろうなぁって思ったらやっぱりキスされた。 「はい、ご褒美ね」 少し触れるだけのバードキスをして、風早がすっと俺から離れた。 「ご、ご褒美って・・・」 「反対なかったんだよね?」 被せるように言われ、俺はためらいながらも頷いた。母親は確かに反対はしなかった、けれど俺が反対を聞きたくないがためにすぐ逃げてしまった、という方が正しいのかもしれない。もう一度母親に会えば、きっと止められてしまうかもしれない。 「・・・、俺ちゃんと言うよ。幸にだけやらせるなんてひどいもんね」 「い、いいよ、もういいから」 部屋を出ていこうとする風早を必死で止めるが、彼は静かに首を振って俺を見つめる。その真摯な瞳に俺はう、っと後ずさりした。この瞳の風早は止められない。 「俺が嫌なの、これは幸の問題じゃない。俺と幸の問題でしょう?」 責任を背負おうとしているのはわかる。わかるけれど、母親からのはっきりとした拒絶を聞くのが怖い。まだ怖いのだ。 「で、でも・・・」 「大丈夫。反対されても俺が幸を手放すわけないでしょ?幸はそれをわかってるでしょ?今多分幸のお母さんは混乱してるはずだよ」 まるで小さい子をあやすかのように、風早が優しい声色で話す。三日月型に微笑む風早の瞳には優しさも混じっていたが、決意のようなものも感じ取れた。 「そ、それでも・・・」 「しょうがない。俺が幸を見つけちゃったんだもん。俺のせい。俺が見つけなかったら幸は今頃こんな風にはなってなかったからね」 そっと首筋を触られて、いぁっ、と艶のある声がでる。その声を聞いた風早がニコリとまた笑う。 「幸も来る?来たくなかったら来なくても大丈夫だよ」 ガチャリ、と俺の部屋のドアを開けた風早がそう問うた。母親に拒絶されるのは怖い。けれど、それ以前に風早に置いて行かれる方が何よりも怖かった。 「い、行く・・・」 パタパタと音を立ててスリッパを履く風早が廊下を歩いている。俺はそのあとを縮こまりながらもゆっくりついて行った。他人からすれば、お化け屋敷に来た二人・・・、いやカルガモの親子に見えるかもしれない。 階段を下りてまたリビングの扉の前に立ち止まった風早が再度俺の方を向いて、いいね?と小さく言った。こくりと俺が頷くと、風早がためらいもなく扉を開く。風早の緊張が全く伝わってこない。風早は本気だ。 「ん・・・、どうしたの?」 ソファに座っていた母さんがこちらを向いた。真剣な風早の顔を見て、開いた口を静かに閉じる。 「幸から聞いたと思いますが・・・。幸と、真剣にお付き合いさせていただいています。険しい道ですが、俺は幸と一緒になら歩めると思っています」 風早が言葉に詰まることはなかった。しっかりと瞳に母さんを捉えて、迷いない発言をした。 「・・・すぐに認めてもらおうなんて思っていません。でも、俺は幸を手放すことはできません。勝手なことだとは承知しています。それでも、俺は幸を愛しています」 そう言ってから風早がゆっくりとお辞儀をした。母さんがまぁ、と驚いたように目を真ん丸にさせていたが、少ししてやっと口を開いた。

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