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第121話

家に戻ってから俺はこっそり姉ちゃんの部屋に忍び込んで、本棚に置いてある栗原の写真集を取り出して眺めてみる。気持ち悪いくらい整った顔立ち。確かに、風早に似ている部分も少しくらいあるのかもしれないが、栗原が甘く微笑んでいる写真に感情を感じられなかった。風早が俺を見つけた時、抱きついた時、キスをした時、緩んだ顔の方が何百倍も好き。 パラパラとめくってみると、いろんな写真がある。 ほぉ、と感心しながら紙の中で沢山の表情を浮かべる栗原とにらめっこした。制服、水着、カジュアルな服装、風呂上がりにバスタオルを羽織っているセクシーなショットまである。よくこんな写真を撮ることができるもんだ。 俺は携帯の電源を入れて、待ち受けになっている風早が土下座している写真にくすりと笑う。二十枚に一枚くらいは栗原の土下座写真とか面白い写真を混ぜた方がいいんじゃないだろうか。・・・こんなに綺麗な写真ばかりだと飽きちゃうし。 一通り写真集に目を通してパタンと本を閉じた。 俺も風早の写真撮ってみようかな。こうやってボタン一つで思い出を引き寄せることができる。素敵な道具だ。 次の日から俺はふとした瞬間に風早の写真を撮るようになった。俺と待ち合わせしている時の風早、自販機の前でどのジュースを飲もうか迷っている風早、トイレで手を洗っている風早、風で乱れた髪を直している風早。着々と溜まっていく風早の写真を見つめていたら、こら、と突かれた。 「なんで本物を見ないの」 初めは写真を撮っていることを隠そうとしていた俺だったが、ものの数秒でバレてしまったので嫌がらせのように風早の真ん前で写真を撮ってやることにした。 「ねぇ、無視しないでよ〜。そんな箱に閉じ込められてる俺よりこっちの方がイケメンでしょ〜」 腕を掴まれてゆらゆらと揺らされる。それでもなお携帯を見つめていたら風早がぶーたれてしまった。 「俺の写真集でも作る気ですか・・・」 「それもいいかもなぁ」 何も考えずにそう返事したら余計拗ねてしまった。そんな怒ることじゃないだろ。お前だって俺の写真いっぱい持ってるくせに。 本格的に拗ねてしまったのか、俺の方を向こうとしない風早に俺はようやく降参と言うように携帯をしまった。時刻は昼。風早の機嫌を直す方法を俺は嫌という程知っている。 「・・・作ったから、あげる」 カバンからいつもより大きいお弁当袋を取り出した。風早がきょとんと首を傾げたが、すぐに目を爛々と輝かせる。 「え、え、え、待って、え!本当に?俺が食べていいの?」 「き、今日はいつもより早く起きたから・・・暇で」 嘘だ。昨日ちゃんと作ろうと思って毎朝起きている時間より一時間早くアラームをセットした。母さんに明日のお弁当俺が作るから、と昨晩言ったらニヤニヤされた。ついでに姉ちゃんの分も作れってニヤニヤしながら言うものだから俺は恥ずかしくなってぱぱっと冷蔵庫の中身を確認して自室へ戻った。何を作ろうかと考えながら、料理部での活動を思い出してみたのだ。 そこまで思い出して、余計に恥ずかしくなった。こんな話を、俺は姉ちゃんの部屋にある少女漫画で一度読んだ。 「す、すごい・・・美味しそう・・・」 気づいたら風早がお弁当を開いて感嘆の声を漏らしていた。携帯でパシャリと写真を撮って、もう一度お弁当を見つめたまたすごい、とつぶやいている。 「そんなすごいもの作ってねぇよ・・・」 中に入っているのは卵焼きとたこの形のウィンナーと唐揚げ。あとは家の冷蔵庫にあったたくあん。ご飯は何となく俺が食べたくなったので炊き込みご飯にした。あ、あと隙間が空いたからホウレンソウのお浸しも入れたんだった。 それだけだ。何か特別難しいものを入れたわけでもない。風早にだって作ろうと思えば作ることができるものだ。お弁当を見つめながらすごいすごいとつぶやくものだから、ほかの生徒もこちらになんだなんだと群がってきた。 「え、何?さっちゃんが作ったの?」 女子三人で食べていた楓がわざわざこちらに寄ってきて、風早のお弁当をのぞき込んだ。 「そうなんだよ、美味しそう・・・、食べるのもったいないや」 「さっちゃん料理部だもんねぇ、そこら辺の女子より料理うまいもん」 楓がそう言ってお弁当に入っていた卵焼きを一つつまんで口に放り込んだ。 んん、さっちゃんの家の味がする~と美味しいのかよくわからない感想を述べて席に戻って行った。 「ちょっと!!!俺のお弁当!!食べないでよっ!!!」 風早が去っていく楓に向かって叫んだけれど、楓はふんふんと鼻歌を歌っていて気づいていないようだ。もぉ、と風早が唇を尖らせて、群がってきた生徒を手で軽くあしらった。 「あげないからね・・・」 その様子をぼーっと見つめていたら、突然風早がお弁当を抱えて俺の方を睨んできた。 「なんでお前のお弁当俺が食べるんだよ」 「見つめてきたから」 「そんなに喜んでくれるとは思わなかったからびっくりしただけ」 「嬉しいに決まってるじゃん。幸の料理だよ?好きな子が俺のために作ってくれたご飯だよ?嬉しくない訳ないでしょ」 「わかったから、・・・もう黙って」 たかがお弁当を作ってきただけなのに卵焼き食べられただけでこんなに怒って、こんなに熱弁して。 作ってよかったなぁ、と思わせる天才だ、こいつは。 風早はパシャパシャとまた携帯で写真を撮って、静かに箸を手に取った。 「いただきます・・・」

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