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第126話
なんだか仲良くなって連絡先まで交換した。守、と書かれたプライベートの連絡先のトップ画は自宅で飼っている猫の写真だ。ポコン、と音を立ててスタンプが守から送られてくる。開いてみると、友達追加で貰える無料のスタンプだった。今を輝くスーパーアイドルが無料のスタンプを使っている庶民感が否めなくて思わず吹き出した。
俺は少し前に風早に貰ったクラゲのスタンプを送り返す。すぐに既読がついてまたポコポコと今度は二個もスタンプが送られてきた。人差し指を口に当ててしーっしーっという仕草をしているキリンのスタンプだ。これまた無料のスタンプで、しかも新しい。毎日無料スタンプのラインナップをチェックしている守の姿が頭に思い浮かんでまた笑顔になる。コクコクと必死に頷くクラゲのスタンプを送信して、俺は携帯を閉じた。
空き地でお互いの話をしまくった。
守は思ったより良い人だった。よく笑いもし、よく怒る人で感情を表に出すことを厭わない人だ。だから俺も話しやすかった。
ランにアタックしないの、とイジる度に少し照れて顔を伏せる守はきっとレアだ。俺しか知らない顔だ。
そんな優越感に浸りながら家へと戻る。
「ただいま〜」
ドアを開いて玄関に入ると見慣れた大きな靴が二足置いてあった。風早が来てるのか?
「あ、おかえり幸」
リビングにはソファで寛ぐ風早と母さんがいた。テレビに映っているのは最近流行りのドラマだ。守が主演のやつ。
「え、なんでお前」
馴染み過ぎていて一瞬気づかなかった。母さんがあのね〜、と嬉しそうな顔で口を開く。
「買い物から帰ってくる途中に偶然会ったのよ〜。ほら、今日はお父さんも帰ってくるじゃない?だからみんなで晩御飯食べましょって話になって」
「父さん帰ってくるの?」
「なんか仕事が早く終わったから今日の夜には戻るって連絡がきたの」
母さんにカミングアウトした次の日に父さんにも言うのか。俺としては一週間くらい時間を置いてから会いたかった人物だ。
風早はなんてことない顔でテレビを見ている。守がテレビに映る度少し怪訝そうに顔を歪めるけど。
「へ、へぇ・・・」
「今夜は昨日のシチューが余っているからグラタンにしましょう!!」
ぽん、と手を叩いて母さんが立ち上がる。いつもは食い入るように見ているドラマに目も向けず、キッチンへと去っていった。
「幸のお母さん張り切ってるね」
不意にテレビを消した風早が言った。やっぱり眉に皺があって、風早が静かに苛立っているのを感じる。
「お前がいるからだろ・・・」
「嬉しいけど、これからもっと幸の家にお邪魔するつもりだから毎回あんな張り切って貰えると恐縮しちゃうなぁ。お客さん気分が抜けないや」
そう言って笑いながらこちらを向いた風早の眉には皺は残っていなかった。守と連絡先を交換したと言ったらどんな反応をされるか怖い。
「・・・お、お客さんだろ」
「ど、どうしたの?」
「なんでもない・・・」
俺は持っていた携帯をポケットに仕舞いこんだ。ポケットに入れる直前、携帯がブーと音を立てた。きっとメールだ。そのバイブレーションにも驚いて少し飛び上がってしまった。
ぎこちない俺の動きに風早がソファから降りてこちらへ寄ってくる。別に悪いことをしたわけではないのに、後ろめたい気持ちがあふれてきて俺は風早の顔をきちんと見れなくなっていた。
「なんでもないことないでしょ?」
「や、なんでもないって」
「あるでしょ、幸隠すの下手だからすぐわかる・・・」
ぶんぶんと首を振っても風早はこちらを心配そうに見たままだ。どうやってこの場を切り抜けようかグルグルと考えていると、母さんがキッチンから話しかけてきた。
「そうだっ!!明日は休みだし、泊まって行ったらどうかしら?」
スリッパのパタパタ音と共に現れた母さんは牛乳片手にそう言った。風早はどうしよう、と一瞬俺の顔を見たがそのあとすぐに「はい、お言葉に甘えさせていただきます」とにっこり微笑んだ。あの、微笑みを俺は知っている。何か企んでいるときの風早の顔だ。
「服は・・・、幸のじゃ小さいかしら?お父さんの貸すわ」
パタパタとまた音を立てて母さんがキッチンへ消えていく。
やはり、母さんは面食いだ。俺にもそれが受け継がれたのかな、なんてぼーっと風早の顔を見ていたら何?と言われた。なんでもないです。
「俺、幸のお父さんの服着ていいの?」
「母さんが言い出したんだからいいだろ別に」
「なんかこの家の一員になった気持ち・・・」
あの様子じゃきっと風早の分のパジャマや歯ブラシとかも母さんは揃えてきそうだ。今まで彼女を連れてきたこともなかったから、母さんも嬉しいのかな。男だけど。
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