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第132話
「何が、あったのか・・・聞いてもいいか?」
栗原守のこと、と名前を出さなくても風早には伝わった。んー、と少し逡巡したあと風早が困ったように「いいよ」と言った。
「俺、養子って前に言ったでしょ?俺の義父、ばあちゃんの夫もゲイだった話も聞いたんだっけ」
風早の問いに俺はうん、と頷く。
「栗原は俺の義父が矯正施設にできた子どもで、ずっと隠してたんだよ。・・・義父が。なんでだと思う?」
ふぅ、と風早が一息ついて俺を見つめる。なんで、なんてわからなくて黙っていたら風早がゆっくりと口を開いた。
「栗原の顔を見ただけで女としたことを思い出して辛いんだって。・・・ずっと別荘みたいなところに隔離されて栗原は育ったんだけど、昔一回だけ会ったことがあるんだよね。その時に栗原に言われたの、羨ましい・・・って。今思えば栗原の方が辛い思いしたのもわかるよ。だけど俺は後継ぎにって育てられていたから家が厳しかったんだよ、すごく。栗原のことも盗み聞いて知ってた。どうして本当に血が繋がっていないやつがのうのうと生きて、関係ない自分がこんなに狭い世界で生きなきゃいけないんだって」
「八つ当たりだったってわかってる。でも、羨ましいって言われたときについカッとなって栗原のこと突き飛ばしたんだ。今でもあの時のことが頭から離れない。逃げるみたいに俺は今も栗原を避けている。避けようとしてるから、あんな態度とっちゃうんだよ。嫌われてるのもわかってるし、後継ぎに後継ぎにって周りから言われるのがどれだけ圧力かも経験した俺が一番わかってる。わかってるからこそ、逃げちゃうんだよ」
興奮したように早口に言った風早はまた眉をしかめる。でもそれはしかめっ面ではなくて、なんていうんだろう、わからないけど哀しい顔だった。
―あいつは俺のこと弟だとは思ってないから―
「守は、お前のこと兄ちゃんだと思ってるみたいだったけどな・・・」
「え」
ぎょっとした顔で風早が俺のことを見た。その時、風早の携帯がブーブーと音を立てた。驚いた表情のまま風早が携帯を確認してポチっとボタンを押してそのまま耳にあてる。
「もしもし・・・」
「坊ちゃんっ、大変ですっ、今すぐ戻ってきてくださいっ」
スピーカーにしていないのに、俺にまで佐野さんの悲痛な叫び声が聞こえてきた。いつも冷静な佐野さんじゃない。
すぐにばっと風早が起き上がって靴下を履く。気が動転しているようだった。俺は戸惑いながら風早にすみっこの方に畳んであった風早の服を手渡す。
「幸、も一緒に来て・・・」
何があったのか俺にもわかった。すぐにクローゼットから服を取り出してパジャマから着替える。風早に手を引っ張られながら階段を降りる。
姉ちゃんがリビングからニヤニヤした顔でこちらを見てきたけど、俺たちの神妙な顔をみてすぐに「どうしたの?」と聞いてきた。
「ちょ、ちょっと出かける」
「え、何?どうしたの?ねぇってばっ」
「後で説明するからっ!!」
ぱぱっと靴を履いて風早と家を飛び出すとすでに玄関先に車が止まっていた。
「乗ってくださいっ」
運転席に座っているのは使用人の稲田さんだった。尋常じゃない焦り具合に怖くなった。震える手で風早に「大丈夫だから、大丈夫うん、大丈夫大丈夫」って言われたけれど、風早は俺に言っているのではなく風早自身に言い聞かせているのだと感じた。
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