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第133話
車の中は緊迫感でいっぱいだった。酸素が薄く感じて、俺ははっはっと息を荒げる。どうしたらいいんだろう、どうしたら、どうしたら。ずっと風早と手を握ったまんまだったけど、ぴくりとも風早は手を動かさなかった。
本家の家の前にはたくさんの車が停まっていた。静かな庭園が人でいっぱいだった。見たことのない本家の姿に驚いていたら「こっち」と風早に手を引っ張られる。庭の隅にある小さな扉を開いて稲田さんが入っていく。俺たちもそれについて扉をくぐった。
家の中も騒がしかった。こんなに広いのに、どこを見回しても人がいる。風早のことを見た何人かが坊ちゃん、とつぶやいているのを見て親戚か何かかな、と思う。
一階、二階と階段を上るにつれて人も多くなった。見知った廊下を駆けて、一つの部屋の前にたどり着く。心配そうに、落ち着かない人たちが忙しなく行ったり来たりを繰り返している。その中に佐野さんもいた。
「坊ちゃんっ」
焦った様子の佐野さんがこちらに駆け寄ってきた。
「佐野さん、ばあちゃんの具合は・・・?」
「今、医者が診ています」
「入っても?」
「どうぞ」
風早が行く前に、きぃと音を立てて扉が開く。白衣を着た男性が何も言わずに風早に向けて扉を開いたまま手招きした。俺の腕を掴んだまま風早が部屋へと入る。ベッド以外何も置いていなかった部屋に大きな機械が鎮座していた。映画で見たことあるような機械だ。
鼻にチューブを通されたお婆ちゃんがベッドで寝ている。とても苦しそうに表情をゆがめていた。
「ばあちゃん、」
風早が声をかけても、瞼が持ち上げられることはない。ぎりぃ、と風早が俺の腕を掴む手をきつくする。
―私はあの子の幼少期を束縛してしまった。あの子にはもう自由に生きて欲しい・・・。―
ふとお婆ちゃんの言葉を思い出した。風早はお婆ちゃんの優しさを知らない。知らないでお別れなんて絶対にいけない、のに。
「・・・、合併症で肺炎を引き起こしています」
お婆ちゃんを静かに見守っていた医者が突然言った。風早は「そうですか」と言ってから黙りこくってしまった。ぴ、ぴ、と心電図の機械音が響き渡る。俺は何をしているのが正解なのだろう。こうやって風早の隣で手を繋ぎながら沈黙しているのは正しいのだろうか。
「ごめんね、」
ふと声がした。ぴくり、と風早が動いたのがわかる。
「ありがとう」
お婆ちゃんの方を見たけれど、目は瞑られたままだ。口も動いた気配がない。医者には聞こえていないのか、何も反応を示さなかった。
突如、心電図がピ―と音を立てた。その意味が分かって、俺は思わず目を背けてしまった。だから風早がどんな顔をしていたのか、俺は知らない。
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