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第135話
「でな、この間また声をかけられたんだよ」
嬉しそうに話す守は例のランって人とのエピソードを興奮して話している。俺はうん、うん、と相槌を打ちながら風早は今何しているのだろうと考えた。
「今度カフェにおいでって言われたんだよ、やばくね?これってもしかして脈ありなんじゃね?」
そうかもな、絶対そうだよ、と言って後からとてつもなく棒読みだったことに気づいた。でも、そんな俺の様子に気づいていない守にそういえば彼がとてつもなく鈍感であったことを思い出す。
「なぁ、なぁ、一回偵察で行ってみねぇ?」
別のことを考えていたので守の問いかけに反応が遅れた。ん、んぇ?うん?と適当な返事をしたらすくっと立ち上がった守に腕を引っ張られる。いつもこじんまりとした空き地で会っていたので、カフェに移動できるならありがたい。最近寒くなってきたし。
「こっちっ、早くっ」
変装に使用しているサングラスとマスクを身に着けた守は道を歩くときいつも少し前かがみになる。以前そう教えたら人に見つかるのが怖いんだよ、癖だなって笑いながら守が話していた。
店の前で一瞬戸惑った守が扉に手をかけて固まった。
「入らないの?」
そう声をかけたら守がぴくっと動いて「入る入る、待って、入るから」そう言って扉を開けたのだった。
「いらっしゃいませ、お客様何名様でしょうか?」
店員に「二人です」と言って、奥の席に案内された。店員から見えにくい方の席に座って一息ついた守はマスクを外してキョロキョロ周りを見る。誰にも注目されていないことを知ると小さなため息をついて、椅子にもたれかかった。
「アイドルは大変だな」
そんな守の様子を見ながら俺がそうつぶやくと守は怪訝そうな顔で頷いた。
「芸能人だって一人になりたいときくらいあるんだよ、それをわかってほしいよなぁ・・・」
街中に行けば、守のポスターが貼ってある。この時代を生きていて、テレビや携帯に溢れた生活をしているものならば見ないことはないだろう。そんな彼が俺の目の前でため息をついているのが驚きだ。
「それだけ有名ってことだろ、いいじゃん」
「俺だってコンビニに行くし、道端の自販機でジュースくらい買うし、何でもかんでもスクープみたいに写真撮ってツイッターにあげんのやめてほしい」
「俺には一生わかんねぇ悩みだな」
「言ってろ」
ふん、と守がそっぽを向いた。店の中は閑散としていて、時節店員が話している声が聞こえてくる。何か頼むか、と守がメニューを見つめだした。
「キャラメルフラペチーノにしなよ」
茶化すようにそう言えば、守がすぐにそうする、と頷いた。決めるのが早い。
俺もバニラオレに決めて店員を呼んだ。
「キャラメルフラペチーノとバニラオレください」
「かしこまりました。少々お待ちください」
店員がニコリと笑ってお辞儀した。所作が綺麗だなぁ、と見とれていたら守に「おい」と声をかけられた。
「なんだよ」
「お前、旦那いるくせに浮気かよ」
「旦那ってなんだよ。やめろよ」
「他になんて呼び方があるんだよ、ああいうの好みなのか?」
「え、いや、ただ綺麗な仕草だなって思っただけ」
どこかで見たような気がしたのだ。あぁ、佐野さんのお辞儀と似ていたんだ。心の中で納得して、うんうん頷いていたら守がふぅん、とつぶやいた。
「なぁ・・・、カップルってどれぐらいの頻度でキスするものなの?」
ふと、守に聞こうと思っていたことを思い出して口に出した。すると、みるみるうちに守の顔が赤くなる。え?と思っていたら「人それぞれなんじゃねぇの」と守が言った。
「朝と晩一回ずつとか?」
「知らねぇよ、そんなのしたいときにするだろ」
「へぇ・・・、守はいつしたくなる?」
「ばっ、んなの聞くなよ・・・っ」
守に対してあんまり身構えなくて済むのでとても楽だ。俺のこと本気で馬鹿にしないし、ちゃんと相談にも乗ってくれる。風早と守なら仲のいい友人くらいにはなれそうなのにと毎回思うのだ。
「したくなんない?」
「淋しいとき・・・とか?」
淋しいとき、風早が淋しいときを思い浮かべてみてすぐになるほどなぁ、と納得した。不安そうな顔をしたとき、風早はよく俺にくっついてくる。俺も一緒かも。
「なんだよ、お前ら何回キスしてんの」
「数えてねぇよ・・・。ただ朝と昼と寝る前にしなきゃ不安だって言われたから、それが普通なのかなって思っただけ
「へぇ、お盛んだなぁ」
「別にそういうわけじゃないけど」
今なら少し風早の気持ちがわかる気がする。昨日風早と会ったのは会ったが一瞬だけだった。キスする暇もなかった。
今、無償にお前とキスがしたいよ。
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