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第139話

「ずっと嫌われてるものだと思ってた。・・・嫌われてるからって言っていいことと悪いことがあるよな。ごめんな、幸」 ばっと勢いよく頭を下げた守に、俺はえ?と首をかしげる。謝られるようなこと、されたっけ。 「俺、結構ひどいこと言ったし、ひどいことした」 守に連れ去られたことと、学校での風早との言い合いのことだろうか。確かに、連れ去られたときは焦ったけど別段怖い思いはしなかった。全く怖くなかったと言えばウソにはなるが。 「怒ってないよ」 正直、守に言われるまで覚えていなかったことだ。俺の中じゃもう忘れてもいいこと、として消化されているのだろう。 「よかった」 顔をあげた守が一点を見つめたまま固まった。なんだろう、と思ってそちらを見ればランって人と目が合った。相変わらず美人だが、やっぱり体格が男だ。まじまじと見つめていたらにっこり微笑まれた。 「なぁ、俺やっぱり」 「可愛い、ほんと美人だよな」 「・・・はぁ」 男だと思うという俺の言葉は守によって遮られた。すぐに可愛いっていうところ、風早にそっくりかも。頬を桜のようにピンクに染めて守が乙女みたいなことをつぶやく。 「俺、ガッシリした人好きなんだよな・・・。抱き心地いいし」 「・・・はぁ」 「抱きつくの好きなんだよなぁ」 「へぇ・・・」 「誰にも言うなよっ!インタビューとかでも言ったことないからっ」 「言わねぇよっ」 それからまたひとしきり話した後、守はこれから仕事だと言って席を立った。時計を見ればもう七時を過ぎている。 「こんな時間から仕事って大変だな」 「まぁなー、でも夜にしか撮れないドラマの撮影がちょっとだけだからそこまでかな。いつももっとハード」 「またドラマ出るのか?」 「今度は主役じゃねぇけどな、一応」 すげぇ、と声を漏らすと守が照れたように鼻をかいた。こうやって話していると実感が湧かないが、ちゃんと芸能人なんだなと思う。サインでも貰っておこうかな。 「ねぇ」 レジに向かっている途中、ふと声をかけられる。ランだ。妖艶に微笑んで小さく手を振っている。守がしゃっくりのような悲鳴をあげて固まった。その悲鳴を聞いたらファンが減りそうだ。 「なっ、なんでしょうかっ」 「よく目が合うからどうしたのかしらって思って」 ランはきっと守の気持ちを知っている。知ってて揺さぶっているのだ。なんて答えるのだろう、と守を見ればゆでだこのように顔を真っ赤にして目を泳がせた。 「い、や・・・、その、俺は、別に、いや」 「ふふふ、怒ってないのよ。こんな可愛い子に見てもらえて私も嬉しいわ」 「ほ、ほんとですか」 「ほんとよ」 ランが胸ポケットから一枚の紙を取り出した。LANとローマ字で書かれた名刺のようだった。守はそれをおずおずと受け取って嬉しそうに顔を綻ばせる。 「後ろに書いてある住所で私も働いているからよかったらおいで。名刺を見せると入ることができるわ」 「いいんですか」 「ええ、よかったら隣の坊やもおいで」 「俺も?」 関係ないと思っていたら急に話しかけられて驚いた。 「そうよ、じゃぁ彼氏と仲良くね」 ひらひらと手を振ってランがどこかへ消えて行った。彼氏、と首を傾げる。・・・、バレている。 「まじか、あの人。彼氏って」 呆然とそうつぶやいても反応がない。守の方を見れば、守もまだ放心状態で手に持っている名刺を見つめていた。 「・・・写真撮っていいか?」 「いいけど、なんの?」 ごそごそとポケットから守は携帯を取り出して、名刺をパシャリと撮った。 「俺やばい、今超嬉しい。やばい、今日の撮影ずっとニヤニヤしちまう・・・」 パシャパシャと何度も写真を撮った守は、写真を見つめてはあぁ、と名刺を見つめてはあぁ、と恍惚の声を漏らしたのだ。 「・・・、ちょっと気持ち悪いぞお前」

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