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第142話

ぞっと寒気がした。見られている。冷や汗が流れた。 「なぁ、こいつ乳首に絆創膏貼ってるぞ」 男はそっと指を絆創膏に沿わせる。気持ち悪い、と思っていても体は従順だった。 「やだ、やだ・・・」 絆創膏を剥がそうと乳首を摘まれた瞬間。 「てめぇ!こらぁ!!!何してやがる!!!」 目の前にいた男が吹っ飛んで行った。 「幸っ!!大丈夫かっ!!!」 見知った声が遠くの方でするのが聞こえる。すぐに優しく抱き起されて、顔についた泥を払われた。暖かくて、優しくて、安堵でほろりと涙が零れ落ちる。 「幸、幸、大丈夫か・・・っ」 「海・・・?」 心配そうな表情でのぞき込まれて、やっと誰なのか理解した。 「すぐに救急車呼んでやるから待ってろっ」 海がそう言ってすぐに携帯を取り出した。必死に海が何か話しているのが聞こえる。なんで風早じゃないんだ、そっか、今仕事中・・・で・・・。気づけば意識が遠のいていった。 嫌いだ、この匂い。薬品のつんとする匂い。 「ん・・・」 瞼が重い。それに体中が痛い。口の中がひりひりする。 「ごめん、起こしたか?」 ゆっくりと瞼を上げるとまた心配そうな海が俺のことをのぞき込んでいた。同時に白い天井が目に入ってきて、ここが病院なのだと考える。 「ううん」 口の中が痛くて上手く言葉を話すことができなかった。口を開かなくても話せるひらがなを選んで答える。 「あいつ・・・、風早もさっき面会に来たけどすぐに仕事って戻って行った。すごく辛そうな顔してた」 「うん」 頷けば頬が痛い。顔をしかめるとすぐに海が大丈夫か?と声をかけてくれた。 「守ってやつは何かすげー美人が連れてった・・・誰なんだろ」 きっとランだ。俺よりは怪我がひどくなさそうだったので、今頃ランに看病されているのかもしれない。もしかしたら、ランが男ってことに気づくのかも。そう思うと笑みが零れてきたが笑顔になる直前に頬が痛んですぐまた顔をしかめた。 「大丈夫か?」 「・・・うん」 病室の壁にかかっている時計を見れば、もう夜の十時を超えている。 「頭打ってるから様子見で入院だってさ。あとでお前の母さんも来るから」 「うん。あいあと」 うまく話せなかったけど、俺が言いたいことは伝わったらしい。海が別に、とそっぽを向く。照れている証拠だ。 そのあと少し沈黙して、俺の方をちらりと見た海は気まずそうに口を開いた。 「・・・ごめん」 さらりと頬を撫でられる。不思議と痛みは感じなかった。窓から入ってくる月の光が海の顔を優しく照らしている。 この感じ、知ってる。前に風早が守と衝突して病院にいた感じと。 「知ってると思うけど、俺は今樹と付き合ってる。初めは樹を通して幸を見てた・・・でも」 言いづらそうに口をつぐんだ海を見て、俺はすぐに何を言いたいのか気づいた。舐めんなよ、何年お前の幼馴染やってると思ってんだよ。 「すい?」 しまった、好き?って聞きたかったのに"き"の発音ができない。もごもごと必死に頰と口の痛みに耐えていると海が笑う。 「好き、だな」 「うん」 「でもお前のことを完全に諦められた訳じゃない。もしあいつがお前に酷いことしたら俺は許さないし、絶対・・・」 「うん」 「でもその前に俺がお前にしたことも許されることじゃないんだよな」 最近よく謝られる気がする。それも俺が気にしていないことに対して、だ。海はずっと根に持っていたのだろう。 口がうまく開かなくていいよって言えない。痛くて首も振れない。でもどうしても怒ってない、気にしてない、ということを伝えたくて必死で目で訴えた。 「俺はお前の気持ちを踏みにじるようなことをした。許されなくたって構わない」 だめだ、全然伝わんない。俺は痛む手を伸ばして海の手のひらにい、い、よと小さく書く。 「なに、・・・こ?」 だめだ、これでも伝わんない。鈍感すぎるだろっ!いい加減気づけよ!もどかしくて痛み我慢してでもいいよって言ってやろうと口を開いた時だ。 「いいよ、って言ってるんですよ」

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