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第143話

ふふふ、と誰かが笑う声がした。見れば病室のドアの前に樹が立っている。 「もぉ、ノックしても全然気付かないじゃないですか。って!ひどい怪我!!聞いてたよりもひどいです!!大丈夫ですかっ!」 ベッドに寝ている俺を見た樹が形相を変えてこちらに寄ってきた。隅に置いてあった椅子を海の隣に並べて座った樹がぐるりと病室を見回した。 「様子見で入院らしい」 「え、入院!?でも頭打ったし、普通なのかな・・・」 「まぁ、後遺症も残らないらしいから大丈夫だとは思う」 「・・・よかった」 ほ、と一息ついた樹が改めて俺の方を見た。じっくりと頰の傷を観察されている。・・・こっち見んな。 「明日、那智もお見舞い来るって言ってました。・・・風早先輩は?」 「仕事だってさ」 返事ができない俺の代わりに海が答えてくれた。その言葉に樹が一瞬で怪訝そうな顔をする。 「幸先輩がこんな状態なのに仕事、ですか」 「幸が寝てる間に一回来たけどな」 「ふぅん」 樹が海の上着のポケットに手を突っ込んで携帯を取り出した。海のパスワードを難なく開いた樹が何やら真剣な顔で携帯をいじっている。 「何してんだ」 「風早先輩にメールを送るんです。幸先輩が目を覚ましたって」 ぽちぽちと音をさせて樹がメールを打っている。その様子を海が優しい笑顔で見つめている。そんな二人を見た瞬間、あぁ付き合ってるんだなと勝手に脳が納得した。 「送れました!」 樹が嬉しそうにピースする。海がすぐに樹から携帯を奪い取って確認している。頭を打ったところがジンジンと痛み、熱を持っている。視界がぼんやりとして、樹が次に何を言ったのか聞こえない。あぁ、やばいかも。 気づいたら俺はまた意識を失っていた。 ふわふわする。体がなんかふわふわ飛んでいるみたいだ。段々それが激しくなって揺さぶられているような感覚に、思わず気持ち悪くなって徐々に意識が回復していく。 不意に額に何か暖かいものを感じた。すぅ、と気持ち悪いのが抜けていく。無意識のうちに瞼を開いていた俺は、よく知っている背中が見えた気がした。 「起きた?」 突然声をかけられて意識がふっと浮上した。さっきまで暗かった病室が明るい。何時だろう、と壁時計を確認すれば午前八時を過ぎたところだった。 「おはよう、も〜心配させないでくれる?」 声のする方を見れば、口を尖らせる母さんが俺の服を畳んでいるのが視界に入った。 「か、あさん」 昨日より口が開く。か行の発音ができた。母さんは俺の方を見て「なーに?」と返事した。枕元に充電器に繋がった俺の携帯が置いてある。棚の上には母さんのよく読む小説が積んである。母さんが色々荷物を持ってきてくれたみたいだ、ありがたい。 「なんかね、ちょっと頭の中で出血起こしてるみたいなのよ。頭のむくみもあるし、他の場所の怪我もひどいから少しの間入院らしいわ」 「・・・うん」 「でも、一週間とか・・・かしら?まぁちょっとした旅行みたいな感じだと思いなさいな」 一週間も入院するなんて初めての経験で少し驚いた。そんなに酷い傷だとは自分では思わなかったのですぐにでも帰れるだろうと思っていたのに。 「一応学校には知らせておいたわ。少し元気になったら警察の方が事情聴取に来るようだから」 「うん」 「じゃぁ私はそろそろ仕事に行くわね。夕方果歩が来るから何かあれば果歩に連絡してね」 ひらひらと手を振って母さんが病室から出て行く。俺も手を振ろうとしてやめた、痛い。 見れば左腕と右腕にに大きなガーゼが貼ってあった。あとは頰と口の中の怪我。足はなんともなさそうだ。自由自在に布団の中で動く足に少し安心した。

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