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第3話

いつもの朝食なのに、何かが違う。 俺は絆創膏に今までどれだけ救われていたのかを実感する。 しかも、朝食中に姉ちゃんがずっと俺の方をにやにや見ていたのが腹立つ。俺が睨んでやると、姉ちゃんは小声でバラすわよ、と言ってきた。 そうなると俺は何も言えなくなる。隣には母もいるし、父もいる。六年間隠し通してきたこの秘密をたった一日で家族全員にバレる訳にはいかないのだ。 姉ちゃんが近くにいるのが落ち着かなくて、俺はいつもの何倍もの速さでごはんを食べて鞄を持って家を出た。 「いってきます・・・」 視界の端で姉ちゃんが手をひらひらと振っている。俺はむ、と唇を尖らせて手を振り返すことはしなかった。 いい天気である。俺のブルーな気分とは裏腹に、空は快晴で雲一つない。今日も暑くなりそうだ、と俺は着ているベストに目をやりながら思った。 「あ、幸。おはよう。今日は早かったんだな」 俺の家の門にもたれかかっているのは幼馴染の海である。家が近所である彼は、毎朝こうやって迎えに来てくれているのだ。 「あ、うん・・・。今日は朝から色々あって・・・」 ははは、と乾いた笑いを零す俺に海は、ん?と首を傾げた。 「なんかあったのか?」 海の問いに俺は思わず勢いよく首を横に振る。姉ちゃんのあの不敵な笑みが顔から離れねぇ・・・。 「そ、そっか。っていうかお前ベスト暑くねぇの?」 深く詮索しようとしない海に心の中でありがとう、と呟くが逆に触れて欲しくないところも触れられてしまった。 「あ、いや、ベストは・・・。まぁ、寒くて」 言ってから、目線を少しあげると見える真っ青な空に俺は後悔する。何故俺はいつも後先考えずに言葉を放ってしまうのか。しかし、家族同然の仲である海にも絶対にこの秘密は知られたくない。 バレたくない一番の理由はやはり、気持ち悪いと嫌われてしまうからだ。秘密がバレたとして、笑って済ませられる人ならマシだが、距離を置かれてしまうと俺としてもどうすればいいか分からなくなる。っていうか自分でも、気持ち悪いと思う。自分で一番わかっているからこそ、他人にそう言われるのが怖いのだ。 「風邪か?今日は昨日より一段と暑くなるって天気予報で言ってたぞ」 海が空を見ながら言った。俺もそう思う、と心の中で海に同意しながら、そうかな?なんてとぼけたフリでもしておいた。 いつもなら部屋の鍵を掛けてから着替えるのに、今日はうっかりしていた。なんて後悔してももう遅い。 「風邪とかじゃないけど・・・、とにかく寒いからっ」 海の顔を見れなくて、俺はぶいと横を向いて歩き出した。学校までは歩いて十五分程度。電車通学は嫌だと親に言ったら、この高校を紹介された。姉ちゃんも前に通っていたらしいし、俺も通いやすい。 「よくわかんねぇけど、暑かったらちゃんと脱げよ?」 どうやら海は俺が寒いからベストを着ているとは微塵も思っていないらしい。しかし、あまり気にしている様子もないので、俺は少しほっとした。 「お、おう・・・。わかってるよ」 明日から絶対に着ないよ、と心の中で呟く。 少し歩いただけで額に汗が滲んでくる。隣で涼しそうな顔をしながら歩いている海を見ていると、姉ちゃんにどうしようもない怒りが溜まってきて、俺は思わず苦い顔をする。 今日だけ、ベストを着るのは今日だけ。心の中でそう言い聞かせて、汗をどうにか引っ込ませようとするが、流れ出した汗はどうしても止まらなかった。 結局学校に着くころには、汗でシャツが湿っており、ベストもしっとりと濡れている。気持ち悪くていっそのこと脱いでしまいたい。 歩いている時、特に階段を上がっている時なんか声が出そうで危なかったのだ。段差を上がると普通に歩いている時とはまた違う擦れ方をして、口の中で声がおさまらなくなりそうだった。 「ぅっ・・・ぁっ・・・」 「やっぱり熱いんだろ、脱げばいいのに」 そんな俺の様子を心配して海は何度もそう言ってくれたが、俺は首を縦には振らなかった。否、振れなかった。

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