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 大和に東京の高校への進学を勧めたのは、遮那家の手医者だった。いつの頃からかずっと続いている不眠症の改善、そして、何よりも國靖の暴力から守るためだったが、大和は悩んだ。  大和が物心つく頃には、國靖も雪江も親であることを放棄していた。そもそも彼が生まれたときから親として機能していなかった。代わりに蜜が世話をしてくれたが、特に妹の結子は可愛がってもらえなかったので、ほとんど大和が面倒を見ていた。愛情も勿論あっただろう。しかし、兄としての責任が彼を遮那家に縛りつけていたのだった。 「なんじゃ、つまらん」  目隠しをして赤い麻縄で亀甲に縛られたままベッドに転がり、精液に塗れた下半身を痙攣させる雪江の、火照った肌に冷めた目で唾を吐きかける國靖。  雪江の口は許してつかぁさいと云っているが、荒らいだ息が聞こえるだけで、精力絶倫で衰えを知らないものを持て余した彼の耳には届いていない。 「(あれ)も歳じゃ。しゃあない、結子でええ」  ぐったりしていた雪江の躰がぴくりと反応した。苦しそうに頭を擡げ、べたついた唇を開閉する。その横っ面に國靖は踵を落として強く躙り、鼻の穴に自分の足の親指を突っ込んで小鼻を拡げながら云った。 「あんなぁも男を覚えるにゃあええ歳じゃろ。わしが女にしちゃるけぇ、おどりゃあ寝ていんさいや」  鼻水のついた指を足ごと雪江の口にねじ込み、呻く彼女を声を上げて笑い寝室をあとにする。國靖の背中で、何か云いたげな雪江は、されど喉から空気が漏れているかのように声が出ず、赤いドアが閉じる音を虚しく聞いた。             *  結子は夢を見ていた。兄とセックスをする夢。少女から女になりはじめた頃から夢見ていた。  嗚呼、ええ……。ぶち気持ちええよ、にぃちゃん。うちな、ずっと、ずぅっと、にぃちゃんが大好きじゃったんよ。  もう、死んでもいいくらい、結子の心と躰は満たされていた。  うっとりと目を開けると、そこに映ったのは大好きな兄――ではなく、父の國靖だった。 「おう、起きたんか」  互いの下半身をせっせとぶつけ合う國靖は、飢えて、涎を垂らした獣のような表情(かお)で笑う。そして一際強く腰を打ち付け、うっと声を上げて結子の中に沈めたものを痙攣させながら長い息を吐いた。  幸せな夢が、悪夢に変わった。  本当に夢であればよかったのに。子宮に流れ込んでくる精液は現実だ。  結子ははち切れんばかりの悲鳴を上げた。しかしそれは、丸めた自分の下着を入れられて呻き声になる。 「なして、折角女にしちゃったのに」  喉の奥までねじ込まれてもがく結子の顔に唾を吐き、下卑た笑みで彼女を見下ろす國靖。 「おどれもなりたかったんじゃろ。幸せそうに、わしのちんぼ締めとったぞ?」  ほれ、と膣内のものを手で揺らす。粘ついた水音が鳴った。 「おお、おお、見てみぃ。おめんちょから溢れとる」  髪を鷲掴みにして結子を起こし、ものが抜けたあとの薄いピンク色をした精液が流れる膣を開いて彼女自身に見せる。  結子は発狂しそうだった。発狂しそうなほど恐ろしくて悲しくて、憤った。 「なんじゃ、その眼は」  自分を大きく見せているだけの小さな男と自我のない女の遺伝子を受け継いでいながら、その子供は兄妹どちらも気が強い。  國靖は結子の鳩尾に拳を叩きつけた。逆流した胃液が喉から飛び出す。お気に入りだった下着を茶色に染め、躰をくの字に折って咳き込む結子は、尚も怯えるどころか反抗の意思を示す眼で國靖を睨んだ。  もともと、撒いた子種が実って親の立場を得ただけの人でなしを親とは思っていないうえに、大好きな兄に暴力を振るう目先の男を憎いほど嫌っていた。  死ねばええのに。  そう思ったことが何度もある。  咎めるように、ごつごつした大きな手でビンタをされた。頬が赤くなるほど強く、そして痛かった。 「おどれのとーちゃんじゃろうが。悪い娘にゃあ仕置きで。尻100叩きの刑じゃ」  結子の腰を持ち上げ、そのまっさらな尻に平手を打つ。  流石、若い肌は張りと弾力があり、快音だ。たまらず股間のものが疼く。  國靖は、ふたつの山を作った肉を何度も震わせながら、掌が当たるたび、ひっとしゃくり上げて耐える結子を笑った。 「なにしょんなら! おどれが数えんかい。でのぉたら終わらんぞ」  顎に力を入れると、下着から染み込んだ胃液が滲む。涙を流し、鼻水を垂らし、結子は呻くような声を震わせ出した。 「い、(いひ)……」  屈辱で気が触れそうだった。100まで数えさせられて、いっそ、狂ってしまえば楽なのに。  真っ赤に晴れた尻に打ち付けられる下腹部の振動が痛い。しかし、それももう結子にはどうでもいいこと。下半身は中で猛っているものが水音を鳴らしているだけで、何も感じない。  國靖も結子が壊れようが関係なかった。ただ己の欲を満たすため、発育途中の胸を後ろから下品な手つきで強く揉みしだきながら突き、抜け殻のような躰を揺らす。そして何回目になるだろうか、中に放って息を吐いた。結子のお腹は僅かに膨らんでいた。 「ねぶりんさい」  口から下着を取り出され、代わりに國靖の垂れ下がったものが近付けられる。反応をしなければ、頬にビンタを食らった。砕けた反抗心の、欠片くらいは残っていたのかもしれない。無意識に國靖を睨む。また、叩かれた。  頬が腫れるまでビンタされ、結子は鼻血を垂らしながら國靖のものに舌を伸ばした。そのとき、蚊の鳴くような声が彼を呼んだ。 「あに、さま……」  後ろ手に縛られた雪江が、自分で目隠しを取れるはずもなく、よろめきながら、宛らゾンビのように部屋に入ってきた。ここまで来る途中にぶつけたのだろう。躰のあちらこちらに痣ができている。 「なんじゃ雪江。寝とるんじゃあなかったんか」 「ゆるしてつかぁさい」  雪江はふらふらと、國靖の声が光であるかのように導かれて歩く。そして2人の前で立ち止まり、顎をしゃくって鼻を鳴らした。嗅いでいるのだ、國靖の匂いを。  右へ左へ首を回し、見事嗅ぎ当てた雪江がベッドに脚を乗せた。結子に当たって引く。次の瞬間、痩せ細った躰で、しかし、そうとは思えないとんでもない力で、彼女を突き飛ばした。 「うちの兄様じゃ」  先のか細いそれとは違って、低く唸るような恐ろしい声だった。  雪江も國靖同様、獣と同じだ。獲物を奪われまいと敵を威嚇する。そこに母親の姿はない。  國靖が声を上げて笑った。娘に女の嫉妬心を剥き出しにしたその醜さが愉快でたまらなかった。  ベッドから転がり落ちた結子は呆然と、國靖の萎えたものに口を付ける雪江を見ていた。果てがないのではないかと思う。口内で見る見る硬度を増して立ち上がる國靖のものを、さも美味そうにしゃぶり、それの先に押しつけた自分の胸の谷間から股の間まで線を引かせる。そして膣を擦りつけた。  犬じゃ。人の姿をした犬が交尾しとる。  國靖のものを飲み込んでいく雪江の、舌と唾液を垂らす口から溢れ出る歓喜の声が、猛る犬の雄叫びに聞こえた。狂ったように腰を振る姿はまさに、盛るそれそのものである。  結子は床を這い、隙を見て逃げ出した。國靖はそれを目で追っていたが、雪江が果てたあとでじっくりいたぶってやろうと、そのときに見せる結子の屈辱と快感に歪む表情(かお)を想像し、上で踊り狂う雪江の躰を貪った。             *  静かな夜だ。無駄に大きく広いこの家は、昼でも生活音は疎か國靖と雪江がどれだけ盛り上がっていようが声も聞こえない。あの、業火の音を除いては。  思えばあれは、祖母の胸から聞こえていたのかもしれない。  夜中に用もなく訪ねてきたり、肩に撓垂れかかって大和を見る彼女の眼は、どこか異様だった。ただ漠然とした嫌悪を抱くそれがどういったものなのか、中学に上がる頃気付いた。  あれは、男を見る女の色目だ。  大和はベッドに臥して常闇を見つめていた。  ぶち嫌われたもんじゃ。  神様にも、睡魔にも。  手医者に処方されたハルシオンの量ではもう足りない。ただ暫く、浅瀬の水面を漂うだけ。  不意に足音を聴き、瞼を上げる。ドアが開く音で躰を起こし、スタンドライトをつけた。  年季の入った床が悲鳴を上げる。  ゆっくりやって来た影が、光を浴びてその姿を現した。 「どうかしたんか」  腫れた頬で鼻血を垂らした結子の顔に目を丸くする。しかし彼女は虚ろな表情で何も答えず立っていた。 「結……」  よく見れば格好も酷かった。皺だらけになったパジャマの上衣は胸のあたりだけボタンが無くなって開いているし、下は、何も穿いていない。その露になった腿の内側から液体が流れているのに気付いた。水にしては落ちる速度の遅いそれが、誰の、何であるか、大和は瞬時に悟った。 「あんなぁか」  迂闊だった。理性のない畜生が身近に居る、しかも若い女に手をつけないはずがない。あの男は思春期に入った娘の躰を犯すような目付きで見ていたのだ。  どこまでも外道。元はあれの種だと思うと虫唾が走る。奴になのか自分になのか、湧く殺意を強く噛み殺した。そして、兄として守ってやらなければいけないという、強迫観念めいた使命感と、ある種の存在意義でベッドから飛び出す。  結子は崩れ落ち、遠くなる勇ましい足音を聞きながら瞼を下ろした。    幼い頃好きだった絵本。八つ首の巨大な蛇を退治して英雄になる主人公は、結子にとっての大和そのものだった。彼に救われ、大蛇の生贄にならずに彼の妻となった娘は自分だ。どこにでも居る夢見がちな少女と、どこにでもある英雄譚。だが、成長した少女は思った。大蛇を倒したのは結果に過ぎず、娘はただ、自分が助かる為に他人を犠牲にしようとしただけではないか、と。  うちゃあ最低じゃ。  最愛の兄をこんな風に焚き付け、あるいは父を殺してくれることを望んでいる自分の汚さと罪悪感で、頬を静かに濡らした。             * 「われぇ!」  まさかと思ったが、國靖はまだ結子の部屋に居た。事もあろうに娘を犯したベッドで、今度は妻を攻め立てている。  飛び込んだ大和は、雪江を突く國靖の襟首を掴んでこちらを向かせ、その顔面を殴った。鼻骨が軋み、折れる音を拳で聞く。  こんな畜生でも血の色は同じなのか。  初めて人を、しかも、憎いといえど実の親を殴ったが、目の前に舞い散る赤を見てそう思うほど、頭は冷静だった。だが、人が壊れる感触に刹那浮き上がった高揚に心は動揺し、否定して隠すように、血が付いた手を押さえる。  後転して床に落ちた拍子に傍にあった机に後頭部をぶつけた國靖は、怒りに身を震わせながら傍の机を支えに立ち上がった。 「糞ガキがぁ」  顔と頭、360度の激しく脈を打つ痛みは、兄様と餌を求めてピーピー鳴く雛鳥のように呼ぶ雪江の声すら癇に障る。 「おどりゃあ黙っとれ!」  頬を裏手で引っ叩くと、許してつかぁさいと小さくなった姿がまた腹立たしく、背中を踏みつけ、鬼の形相で大和を睨んだ。  雌を侍らせた猿山の大将は雄を是が非でも排除する――國靖のことだ。いつでも殺せると幼い大和を脅してきたが、男だとわかった時点で矢張り殺しておくべきだったと今思う。もともとそうするつもりだった。父親も手にかけたのだから、今更臆病風に吹かれて生かしていたのではない。蜜が怖かった。  血は争えないものである。蜜も、男を飼育する牧場を作ろうとしていたのだ。それこそ性欲処理まで手塩にかけて育てた息子に似た大和は、どれだけ若く見せようとも気持ちと裏腹に老いていく肉体に興味を失いはじめ、自分より遥かに若い娘に乗りかえた息子の代わりにうってつけの家畜だっただろう。  結果的には、幼い頃から野生動物のごとく勘が鋭く警戒心の強いそれをどう柵の中に誘い込むか画策しているあいだに逃すことになるわけだが。 「じゃけぇ、生かしときとぉなかったんじゃ」  息荒く憎々しげに呟いた國靖は、目に付いた硝子製の兎の置物を手に取り、大和の頭にそれを強く叩きつけた。  弾けたように割れる硝子の音が、大和の頭に直に響く。よろめきながら押さえると、血が滲み出てくるのがわかる。突如、立っていられないほどの酷い頭痛と眩暈に襲われ、尻をついた。  投げ捨てられた兎の頭が、鈍い音を立てて転がる。  國靖は雪江を縛っていた麻縄を握り、頭を抱えて座りこんでいる大和に近付くと、仕返しとばかりに顔を蹴って倒した。そして、頭の中で大きな銅鑼を強く叩かれたような痛みに顔を顰める大和の上に馬乗りになり、張った縄を首に押しつける。  なぜ、と舌を打ちたくなる。女を嬲るのは好物だが、男が相手では胸糞が悪く立つものも立たない。外で遊ぶよりも本を読んでいる方が好きだった少年の肌は白すぎもしなければ日に焼けすぎてもおらず、加えて背は平均を超えない細身の躰で、男であるのが勿体無いと思う綺麗な首をしていた。だからこそ余計に、浮き出た喉仏が男を実感させて不愉快だった。だが、そこに縄が軋みながら食い込んでいくのがたまらず、國靖は下半身を震わせた。 「残念じゃの。おどれが女じゃったら犯しちゃったんに」  鼻を潰され、呼吸をしていた口から涎が垂れる。吐かれる息は腐敗した生ごみのような悪臭を放っていた。  こんなときに、ハルシオンが中途半端に効き、國靖の鼻から流れ落ちる血を涎と共に顔に受ける大和は、現実感の薄れた苦痛の中で目を開けているのがやっとだった。眠るのが先か、死ぬのが先か。重い瞼が落ちる。 「にぃちゃんっ」  結子の声で目が覚めた。華奢な躰をぶつけられて國靖が飛んでいくのが見えた。  塞き止められていたものが一気に噴き出すように息を吐き出し、咳き込む大和。傍に寄ろうとした結子は、後ろから髪を乱暴に捕まれ、そのまま床へ顔を叩きつけられた。 「げにこーへぇげなガキらじゃのぉ。ええっ?」  繰り返される鈍い音と振動。早く、妹を助けなければいけないというのに、大和の躰はもう疲れたよと脱力して云うことを聞いてくれない。  痛みが激しく脈打つ重い頭をなんとか起こしたときには、國靖が、何度も打ち付けているうちにすっかり猛り立ったものを結子の膣に突き入れていた。  四つ這いになった結子の躰が前後に揺られている。嫌じゃと叫んでいた声は次第に甘さを含んだ喘ぎに代わり、太い腕に抱かれた結子は白く小さな胸を露に、國靖の膝の上でそのものと繋がった股を開いて上下に揺さぶられた。血に塗れた顔が上を向く。その表情は、抗えない快感に苦悩しながらそれでも恍惚としていた。 「なんじゃ、おどれ、ちんぼ立てとるんか」  人を軽蔑していながら、自分も同じではないか。國靖は笑った。  妹が父親に強姦される様を見てまさか、と思うが、大和も多感な年頃だ。目の前で男と女がセックスをしていれば、経験も耐性もない彼の股間は自身でも気付かないあいだに否定できないほど張っていた。  こがぁ単純なガキでも、老いた(おどれ)の躰より若い方がええっちゅうことじゃ。  國靖は心の中でざまぁみろと唾を吐き捨てる。  蜜に対して好きや嫌いの特別な感情は持っていないつもりだったが、まともな家族の関係を許さず物心ついたときから子供ではなく男でいることを求めてきた母親とは到底呼べない女を、本当は恨んでいたのかもしれない。  女には丸で興味がなさそうに、いつも妹と弟に正義のヒーロー面をしていた涼しい顔が明らかに狼狽し、何か云いたそうに口を開いて小さく(かぶり)を振る息子を見て思った。欲しがっていた玩具が壊れれば、(あれ)はどんな顔をするだろう。 「ほうじゃ、のぉ、結子」にたりと黄ばんだ歯を剥き出しにして、満面に下卑た笑みを浮かべる國靖。「ねぶっちゃりんさい」  張ったそこに押しつけた結子の顔で次いで躙ってやると、大和は青ざめて嫌がったが、躰は初なもので、実に良い反応を見せてくれる。一方、何度も犯され理性を奪われた結子は、鼻一杯に嗅いだ好きな男の匂いに笑みさえ浮かべ、大和のジャージのズボンに手をかけた。  止める声も耳に入れず、使い込まれた國靖のものと違って初々しくそそり立つそれを銜える。今日まで男を知らなかった少女の口はもごもごしているだけで性感を突いてはいないが、まだ女を知らない大和には充分な刺激だった。 「にぃひゃん」  しゃぶりつきながら唾液なのか先走りなのかわからないものを音を立てて啜り、泣きそうな大和をうっとりとした表情(かお)で見上げる結子。 「うちなぁ、好きじゃったんよ」  蛇のように躰をくねらせ、國靖の手から抜け出ると、大和の上に乗る。 「ずぅっと、にぃちゃんとこうしたかったんじゃ」  熱く、ぬめった肉に飲み込まれていく。結子の腰を掴むが、恐ろしく快いそれを止められなかった。  自分を差し置いて目の前で艶めかしく踊る尻に誘われた國靖は、捕まえると菊の花を散らすように反り返るほど立ったものでその穴をこじ開けた。絹を裂くような悲鳴を上げた結子を容赦なく突けば、締まる膣に大和の顔も歪む。手を上げるほど嫌っていた息子を犯している錯覚は、國靖を嫌悪するくらいの興奮に導き、そして、丸で大和に欲を放っているような恍惚を与えた。  時を同じくして結子の中で果てた大和は、ふと、部屋の前に立っている人影を見た。  弟の零鵺(れいや)だ。  恐れとも軽蔑ともつかない眼で後退り、去っていく。  狂った結子の嬌声と國靖の笑い声。それを掻き消そうとする、けたたましいサイレンの音のような雪江の叫び声。丸で鐘のように響き、大和の頭は破裂しそうだった。

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