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残業を終えた由紀生が会社を出たのは夜十一時前だった。 大体予定通り、カズ君に伝えていた時間に帰れそうだ。 だけどわざわざ一時間早く仕事を上がらせてもらって準備してる、なんて。 <俺が鬼役だから> <捕まったらいうこと聞けよ> 「節分にそんなルールあったかなぁ」 最寄駅から自宅マンションまで由紀生は首を傾げつつ歩む。 常夜灯に浮かび上がる真夜中の住宅街。 走行する車の気配はなく、同じ駅で降りた乗客は皆それぞれ別の方角へ、人影も途絶えている。 ベージュのビジネスコートを着込んでマフラーもしっかり巻いた由紀生の足音がコツ、コツ、コツ、コツ。 なんか、ちょっと、怖いかも。 きっとカズ君のメールが影響してるんだ、カズ君が「鬼」なんて言うと物騒っていうか、肉食の鬼を想像するっていうか。 「……肉食の鬼……」 うっかり自分が想像した内容に恐怖感を掻き立てられて由紀生は早足になる。 白い息を吐き散らして、絶対に後ろは振り返らない、振り返ったら肉食の鬼がいるかもしれない、そう必死に言い聞かせてひたすら前だけを見据えて。 自分の住むマンションのエントランスまで残り数メートルという地点でやっと胸を撫で下ろした。 そんな由紀生の隙をまるで鋭く嗅ぎ取ったかのように。 「捕まえた」 その両腕は由紀生を捕らえた。 突然の真後ろからの通り魔的抱擁に由紀生は息が止まりそうになった。 心臓をどっくんどっくんさせて、悲鳴も上げられない驚きの中、おっかなびっくり背後を仰ぎ見てみれば。 カーキのミリタリージャケットを羽織った鬼がすぐそこにいた。

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