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父の日小ネタ!!
「全部二人前で、豚バラと、豚バラ味噌と、砂肝と、鳥皮と、えーと」
「あとボンジリ、ハツ、明太子巻、山芋巻、それから唐揚げ」
「あっ、炙りサーモンと揚げ出し豆腐もお願いします」
本日は父の日。
前もって有休をとっていた数也に近所の焼き鳥屋でご馳走してもらい、由紀生は上機嫌だった。
「乾杯、カズ君」
「乾杯、オヤジ、父の日おめでとうな」
「お父さん、毎回思うんだけど、毎年しっかり祝ってもらって誕生日みたいな気分になる」
「俺は毎日父の日でもいいと思ってんぞ」
「ええぇぇ」
「ゴールデンウィークもクリスマスもいらねぇ、代わりに父の日が増えりゃあ十分だな」
「ええぇぇ……」
カウンターに並んで座った父と子は一先ず生ビールで乾杯した。
日曜日の夕方五時過ぎ。
客は少なく、小ぎれいな店内には固定電話の着信音が時折響き渡り、スタッフが小まめに対応していた。
「外、まだ明るいね」
「そうだな」
「何だか贅沢な気分になるなぁ」
「明日も仕事だしな、早い時間帯から食い始めれば夜ゆっくりできるだろ」
涼しげな水玉シャツにネイビーの七分袖カーディガンを羽織った由紀生は、まだ半分以上ビールが残っているジョッキを両手に持ち、隣をチラリと見た。
よく冷えたジョッキを片手で持ち上げた数也は、ゴッゴッゴッゴッ、一気に半分以上ビールを飲み干した。
よく動く喉に、五分袖シャツを纏う筋張った腕に、我が子ながら由紀生は惚れ惚れする。
「あ。エノキ巻き頼むの忘れたわ」
「次に店員さん来たら追加しよう」
今でこそ黒髪のスッキリめ短髪、飲食店スタッフに必要不可欠な清潔感を持ち、日に日に男前度に磨きのかかっていく成人息子だが。
数年前までは顎ヒゲ、パツキン、ピアス、喫煙、なんかじゃらじゃらしたものを身につけるなどし、周囲への威圧感が半端なかった。
ほんとう、立派になった、カズ君。
法事の度に大叔父さんから「早く自立しろ」ってガミガミ言われるけれど、その度に「うるせぇカツラ!!」なんて言い合いが絶えないけれど。
今じゃあ、お父さんには出来過ぎた息子だよ……なんちゃって。
「何ニヤニヤしてんだ、オヤジ」
「えっ、あっ、カズ君のジョッキもう空だ、やっぱり店員さん呼ぼうか、すみませーん」
ホールを行き来していたスタッフを呼び止める由紀生の横顔を数也はチラリと窺った。
四十過ぎで水玉なんか着こなしやがって、その辺にいるガチな大学生より大学生みてぇじゃねぇか。
「カズ君、串で喉刺さないようにね?」
「オヤジこそ注意しろよ。あー。ボンジリもう一本追加すっかな」
「お父さん、次はグラスワイン頼んでみようかな」
「いいんじゃねぇの」
焼き鳥屋のカウンターで親子水入らず、のんびり食べ飲みを満喫し、二時間弱で店を出た。
「カズ君、お父さん少し出すよ? ワインお代わりしたし」
財布を取り出そうとした由紀生に数也はすかさず言い放つ。
「おい、今日は父の日だぞ、ゴールデンウィークやクリスマスよりオヤジのためにある日なんだぞ、そんな日にオヤジに金払わせる馬鹿な真似できっかよ、見縊んじゃねぇ」
ほろ酔い気分の由紀生は財布を仕舞って、ふにゃっと笑った。
「ごちそうさまでした、おいしかったです、カズ君」
はぁ。抱き潰してぇ。
「まだ明るいし。ちょっと散歩しよう?」
「ああ」
先日、梅雨入りしたと発表された。
今日は一日薄曇りで雨は降らなかった。
夜七時過ぎ、覚束ない西日の差す街並み、由紀生と数也はお惣菜の匂いが漂う馴染みの商店街を並んで歩いた。
「虫が鳴いてる」
二人の足は自然と神社に向かった。
社務所はすでに閉まっており、緑が瑞々しく生い茂る境内に人の姿はなく、居心地のいい静けさに包まれていた。
「アリジゴクさん、いますかー?」
ほろ酔い気分の由紀生は今は亡きアリジゴクの巣を無邪気に探し回る。
「はぁ。抱き潰してぇ」
童心に返った父親の姿に心の声を無意識に洩らす究極ファザコン息子。
「オヤジ、アリジゴクさんはもう引っ越したんじゃねぇのか」
「そっか。蟻さんや知らない虫さんはいるんだけど」
「そろそろ帰っか、花屋の隣んとこのケーキ屋寄って」
「ケーキ? お父さんに買ってくれるの? 誕生日みたい」
次第に暗くなりつつある境内をこどもみたいに探検していた由紀生は笑顔で振り返った。
「父の日って最高だね、カズ君」
「そうだな、史上最高の日だと思うぞ」
「こどもの日もあればいいのに、そしたらお父さんもカズ君のこと精一杯お祝いする」
「オヤジ、ゴールデンウィークの祝日、全部言えるか」
「わぁ、カズ君、これってホタル?」
「違ぇよ、光ってねぇだろうが、ただの変な虫だ、さわんなよ」
「ねぇ、かくれんぼしようか、カズ君が鬼、いーち、にーい、さーん」
「数えるのは鬼の俺じゃねぇのか」
はしゃぐ由紀生の肩を抱いて数也は神社を後にし、昔からある洋菓子店でチーズケーキを買い、我が家へ帰宅した。
父の日、か。
わかりやすい反抗期時代の最中 にいた頃でも、仕事が忙しく擦れ違ってばかりいた由紀生に何かプレゼントしようかと、今日立ち寄った洋菓子店や隣の花屋を覗いたこともあった。
購入まで至り、家に帰ろうとし、帰れずに、無意味な寄り道を繰り返し、こんなモノを渡して何になるんだろうかと馬鹿馬鹿しくなって、せっかく買った商品を捨てたこともあった。
自分の欲望を必死になって抑え込んでいた頃の実に正しい真っ当な選択だった。
「カズ君、こんなに立派に育ってくれてありがとう」
リビングで背中にぴたりとくっついてきた由紀生に、数也は、思う。
グレていたあの頃より真っ当になったようで、実のところ、倍以上に堕落した。
俺はちっとも立派じゃねぇよ。
実の父親をブチ犯してモノにした罰当たりも甚だしい前科持ちだ。
何一つ後悔してねぇ。
一生手放すつもりなんかねぇ。
オヤジは死ぬまで俺のモン。
「オヤジこそ俺を産んでくれてありがとな」
「それ、何か変な言い方だよ、お父さんが産んだみたい……」
ケーキの入った箱をダイニングテーブルに置いた数也は由紀生を力いっぱい抱き締めた。
「オヤジ、捕まえた」
薄暗く肌寒いリビングの片隅、あったかい数也の腕の中で由紀生はそっと笑う。
「お父さん、カズ君に捕まっちゃった」
アリジゴクならぬ究極ファザコン息子の腕の中に自らも落っこちた由紀生なのだった。
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