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19-はとこがウチにやってきた

「由紀生おにーちゃん、スマホみせて!」 「ねーねー、しょーしん、した? ぶちょーとかに、へんしん、した?」 「ゆうきゅう、ちゃんともらえてる?」 「さーびす、ざんぎょう、してなーい?」 土曜日の昼、由紀生は市街地にある料亭で催された親族の法要後の会食に喪服姿で参加していた。 「カノジョできた? さいこん、した?」 「ちょっと! ウチの子がごめんね、由紀生君……」 親戚一同、お酒が入って和やかに談笑している中、年小こどもらに取り囲まれて食事どころではない由紀生はふふっと笑う。 「はい、スマホ。まだ主任で頑張ってるよ。有休もちょこちょこ使わせてもらってるし、残業代もちゃんと出てるよ」 大人達の中で一番優しそうな大学生風の好青年、本当は四十代の童顔おばけが律儀に答えてやれば、こどもらはきゃっきゃした。 「カノジョは? さいこん、する?」 容赦のない年少こどもの質問攻めに由紀生もさすがに苦笑していたら。 「オヤジが再婚する予定は一生ねぇ」 隣で瓶ビールを手酌していたブラックフォーマル姿の数也が代わりにつっけんどんに回答した。 「なんでなんで? まだわかいのに!」 「ちょっともう、言っとくけど由紀生君はママより年上の大人の人なんだからね?」 「「「「え!!??」」」」 こどもらの素のリアクションにちょっとばっかし、いや、かなり傷ついたイトコに由紀生は慌ててビールを注いだ。 「由紀生おにーちゃん、せいけい、してる? ママみたいにいっぱいおけしょーしてる?」 「整形も化粧もしてねぇよ、する必要ねぇ、オヤジの美肌は天然モノなんだよ、シミだって皺だって老化現象何一つ出てねぇんだからな、お前らの母親と違って、むぐっ」 慌てた由紀生は咄嗟に数也の口を塞いだ。 こどもらが各自席に戻ると、さて、ろくに手をつけていなかった食事をやっと味わおうとしたのだが。 「ゆきお」 呼び捨てにされた由紀生本人よりも数也の方が恐ろしげに反応した。 「ゆきお、おれの車、見る?」 遠方に住んでいる、法要のために泊まりがけで地元に戻ってきていた親戚のこどもだった。 「恋斗(れんと)君、車を持ってるの? すごい。おじちゃん、見たいなぁ」 テーブル席で体の向きを変え、由紀生が身を屈めてやれば、年少こどもらと入れ代わるようにしてやってきた五歳児の恋斗は半ズボンのポケットからミニカーを取り出した。 「わぁ、かっこいい、立派だね」 「うん、すっごくはやい」 「競争したら一位とるのかな?」 「とるよ、よゆうで」 「そっか、恋斗君の車だもんね、余裕で一位獲れちゃうよね」 由紀生に頭を撫でられた恋斗はこっくり頷いた。 隣で傍観していた数也は、イライラ、した。 「ほら、こんなにはやい」 恋斗が由紀生の太腿上でミニカーを走らせると、ムカムカ、した。 「ふふふ……っ……くすぐったい」 「オヤジ、まさか感じてんのか」 真っ赤になった由紀生にすかさず肘鉄を喰らわされた数也なのだった。 「やだ」 施主による挨拶が済み、しんみりしたところで締め括られた会食。 一部の親族が乗り込む送迎バスを由紀生や数也が料亭前で見送ろうとした矢先のことだった。 バスに乗っていた恋斗が飛び出してきたかと思うと由紀生にしがみついた。 「帰るの、やだ、ゆきおといる」 慌てて後を追ってきた両親に駄々をこね、仕舞いには泣きじゃくって、由紀生の足から離れようとしない。 これだからガキは、愛しの父親の背後で余裕ぶって呆れていた数也だったが。 「恋斗君、よかったら一日預かろうか?」 由紀生の言葉に耳を疑った。 「今日は実家に泊まって、明日、新幹線で帰るんだよね? 明日の朝、駅に連れていくよ。それでどうかな」 恋斗の両親は気後れしているようだ、しかし我が子は由紀生にしっかりしがみついたまま、バスを待たせるわけにもいかないし、どうしようかと顔を見合わせた。 「恋斗君ってアレルギーある? 食べちゃいけないものってあるのかな」 ずっと笑顔の由紀生に、年下のイトコにあたる母親は申し訳なさそうにしながらも、長男を預けることにした。 「寝るときはカズ君のお古着せちゃうね」 は? つぅか俺とオヤジの愛の巣にこんなガキいれんのかよ? 三歳の次男を連れた恋斗の両親が戻るとバスは速やかに発車した。 手を振って見送る由紀生の隣で憮然とした表情を浮かべていた数也だが。 相変わらず由紀生にしがみついたままの恋斗を見下ろせば、目が合うなりあっかんべーされ、親戚一同の面前でいたいけな(?)幼稚園児に危うくブチギレかけるのだった。

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