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日向の匂いのするベッドで幼い恋斗はすんなり寝付き、起こさないようそっと部屋を出た由紀生は手早くお風呂を済ませようとしたのだが。 「オヤジは一人で風呂入れねぇだろ?」 自分がシャワーを浴びている最中に数也がいきなりやってきた。 「カズ君……どうして、もう、そんな……?」 しかもすっかり臨戦態勢に入っている息子のムスコに愕然とした。 「久々に丸一日オヤジと一緒に過ごせてんのに、ろくに触れ合えねぇから、溜まった」 「溜まったって……一昨日シたばっかりだよね……?」 「一昨日じゃねぇよ、一昨日ともう一日前だ」 まぁつまり三日前に致していた二人。 「駄目だよ、カズ君、お父さん早く上がって恋斗君の様子見に行かなきゃ」 恋斗に楽しんでもらおうと入浴剤を入れたミルク色の湯船を無視し、シャンプー中で頭を泡だらけにした由紀生に数也は堂々と迫った。 「あいつならグーグー寝てるぞ、さっき確認してきた」 「あ……カズ君、気にしてくれてたんだ?」 「あ?」 「恋斗君にずっと素っ気ないから、お父さん、どうしようって思ったけど。ちゃんと考えてくれてたんだね」 シャンプーの泡が顔に零れ落ち、頻りに瞬きしながら笑顔を浮かべた由紀生に数也は胸をキュンキュンさせた……というより股間をギンギンにさせた。 「オヤジ……」 「えっ、カズ君っ? ほんと駄目だよっ? ッ、わぁ、目が痛い、しみる~~っ」 「可愛すぎかよ」 夜中の浴室で禁断の家族団らんにしっぽり及ぼうとしたものの。 「……ゆきお……?」 なんと。 恋斗がノックもなしに浴室の扉を開いて顔を覗かせたではないか。 ぱにくった由紀生は、それでもいたいけな幼子の記憶にトラウマを植えつけないよう、トラウマ不可避なる数也の股間を隠すために。 我が子を崖ならぬ浴槽に突き落とした。 ばっしゃーーーーーん!!!! 「ッ……れ、恋斗君、どうしたの? 大丈夫? 何か怖い夢でも見ちゃったかな?」 「やっぱり、かずくん、ひとりでおふろはいれないんだ」 「うん、そう! カズ君、いくつになっても甘えたがりの怖がりなんだ! それに見栄っ張りの意地っ張りの恥ずかしがりだから、このこと、ママやパパにはナイショにしてあげてね!?」 「うん、わかった、かわいそうだから、言わない」 「う、う、う……目が痛い……っ」 ふと目を覚ましたら周りに誰もいないので不安になって探しにやってきた恋斗。 だらだら零れ落ちる泡に両目をやられながらも、しゃがみ込んで恋斗を気遣う由紀生。 「……甘えたがりで怖がりで見栄っ張りで意地っ張りで恥ずかしがりなのかよ、俺……」 踏んだり蹴ったりの数也、幸い頭部は無事であったものの、浴槽であちこち打った体の節々に一人空しく唸ってミルク色の湯船に浸かるのだった。 「やだーーーーーー!!」 翌朝、スマホでイトコと連絡を取り合い、駅まで恋斗を連れて行けば案の定泣きつかれた。 日曜日で多くの利用者が行き交う構内の片隅、しゃがみ込んだ由紀生は泣きじゃくる恋斗の頭をよしよし撫でる。 「恋斗君、またいつでも家に遊びにおいで、待ってるからね」 目に涙をいっぱい溜めた恋斗はコクコク頷いた。 ポケットに入れていたミニカーを取り出すと、由紀生に向かって差し出した。 「あげる」 「本当? 大事な宝物なのにいいの?」 「あげる」 「ありがとう。大切にするね」 傍目にもハートフルで微笑ましい光景だったが。 「ゆきお、おれがおとなになったら結婚して」 恋斗の両親と由紀生は揃って硬直した。 恋斗の弟はきょっとーん、した。 わざわざ同行していた数也は公衆の面前で危うく堪忍袋の緒が切れそうになるのだった。 「出せ、ミニカー、ぶっ壊してやる」 「カズ君、あんな小さなはとこの言葉を真に受けたら駄目だよ……」 「はとこって何だよ、知らねぇよ、あのガキ、俺のオヤジをたぶらかそうとしやがって」 「だからっ、本気で鵜呑みにしたら駄目、っ、んむーーー……!!」 帰宅するなりアリジゴクならぬ究極ふぁざこん息子の溺愛地獄に由紀生は突き落とされた。

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