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20-またしても父の日

「カズ君、ほらほら、海が見えるよ」 「梅雨の海なんか陰気くせぇだけだろ」 「そんなことないよ、わぁ、お船も見えるよ」 「船とかあんまし興味ねぇ」 明日に父の日を控える土曜日。 数也と由紀生は近場のホテルへ泊まりにきていた。 大手ホテルチェーンのそこは家族連れやグループ向けのリーズナブルなプランが充実、週末ともなればシーズンオフでも賑わう人気の宿泊施設だった。 「なんでココにしたんだよ、オヤジ」 究極ふぁざこん息子の数也はゴールデンウィークやクリスマスよりも父の日を特別扱いしている。 どうせなら二人しっぽり愉しめる高級旅館の離れがよかった。 ロビーやお土産コーナーどころかエレベーターも客室フロアの廊下も騒がしい、部屋にまで笑い声が聞こえてくる場所ではしっぽりどころじゃあなかった。 「俺が計画立てりゃあよかった」 今回、自ら旅行に行きたいと言い出した由紀生にプランニングも任せていた数也は堂々とため息をついた。 あからさまにご機嫌ナナメな我が子に由紀生は意気揚々とパンフレットを掲げてみせる。 「ここの大浴場。こんなに広いし、見て見て、お風呂に橋がかかってるんだよ」 「風呂に橋架ける必要あんのか」 「滑り台もある」 「裸で滑り台とか拷問じゃね」 「ここは水着で遊べるんだって、鍾乳洞ゾーンとか滝行ゾーンとか、いろいろある」 「旅行に来て修行すんのかよ」 まるで興味が湧かずにツンツンしている数也、反対にテンションが上がりっぱなしの由紀生。 「ごはんも食べ放題のバイキングだからおかわりし放題、ほらほら、カレーもあるよ」 「別に俺そんなカレー好きじゃねぇけど」 「楽しみだね!」 水玉柄のシャツを恐ろしく着こなした童顔おばけの父親を数也は見下ろした。 「ね!!」 満面の笑顔を向けられて、まぁオヤジが楽しいのならそれでいいか……、とまんまと絆されて。 「わっ?」 小さなバルコニーがついた洋室のツインルーム、丁寧に設えられた真っ白なベッドの一つに由紀生を押し倒した。 さらりと乱れた黒髪。 白髪一本ない。 加齢臭なんざ皆無。 お肌つやつや。 見た目は大学生。 制服を着せればギリ高校生でもいける。 「オヤジが生まれてきたことにマジ感謝」 成人を過ぎて今はスッキリまともな日々を送っているが。 ふとした拍子に、パツキン、顎ヒゲ、制服になんかじゃらじゃらしたものをブラ下げていた反抗期時代の片鱗を覗かせる父親至上主義息子。 「いや、それはお父さんの台詞なんじゃあ……ちょ、カズ君、どこ触ってるの?」 「オヤジの脇腹」 「く、くすぐったい……わぁぁっ、股間は駄目! 今からお風呂行くんだよ!?」 「オヤジ、大浴場で公開ハメご所望か」 「御所望してない!」 「今ここでさせてくんねぇならそうなる」 「えぇぇえ……」 自分の真上から一向に退こうとしない、精悍な顔立ちをした短髪黒髪の数也に真顔で迫られて、正直、乙女みたいに胸をときめかせて頷きかけた由紀生であったが。 突如、部屋に響き渡った盛大なこどもの泣き声。 隣室からのようだ。 正にぎゃん泣きであった。 「……」 興が削がれた数也は仏頂面に、由紀生はクスクス笑った。 「元気いっぱいだね」 「夜もこうだったら苦情言いにいってやる」 「カズ君も割とこれくらいのボリュームで泣いてたよ?」 「泣いてねぇ」 「泣いてたってば」 「泣いてねぇ」 「ううん、泣いーー」 「泣いてねぇ」 幼少期、病院での予防注射も歯医者もへっちゃら、怖い番組も平気で見ていた数也。 父親の自分が体調を崩せば大泣きして不安がっていた頃を思い出し、クスクスし続けていたら「俺も隣に聞こえるくらいオヤジのこと泣かせてやろうかな」と言われ、お行儀よく黙り込む由紀生なのであった。

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