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夕方過ぎ、食事会場となっているバイキングレストランは大浴場よりも客でごった返していた。
「さすがに多すぎねぇか」
由紀生の分の料理もお皿に綺麗に盛りつけてテーブルに戻ってきた数也は大賑わいの店内をぐるりと見渡した。
「今日なんかイベントでもあんのか?」
「わぁ、さすがカズ君、本業ならではの盛りつけ、映 えるね!」
「それもう古ぃぞ、オヤジ」
「……」
「飲みモンとってくる、ビールでいいな」
自分の中では最先端だった流行語を思いきり否定されて由紀生がショックを受けている間、数也は大股でドリンクコーナーへ。
由紀生はいじけつつ我が子の背中にチラリと目をやった。
やはりホテル備え付けの作務衣を着用した客が多く、同じ格好をした集団において一際目立って見えた。
父親視点の色眼鏡かな……。
それにしてもさっきは危なかった。
部屋にあったチラシは最初に隠しておいたし、カズ君、喜んでくれるといいな。
「カズ君、外、月が綺麗だよ!」
「は? 月なんか出てなかっただろ」
「お、お星さま! キラキラ星がいっぱい……」
「は? どんより曇ってただろうが。つぅか今喋んな」
「んむ~~~!」
夜の八時を過ぎた頃、由紀生はヤル気満々な数也に再びふかふかベッドに押し倒されていた。
「カズ君、だめだよ、隣には小さなこどもも泊まってるのに」
「知るか」
作務衣の上を捲ろうとする頑丈な両腕を掴み、まっかな顔になって拒む父親に冷たく言い放つ究極ふぁざこん息子。
「そ、それに、そろそろ始まっちゃう」
「始まる? 何が? 生理か?」
「カズ君ッ、お父さんには生理来ません!」
「明日にでも来そうだけどな」
「カズ君ッッ、ッ、だめ、股間揉んじゃだめ!」
一向に押し返せない馬鹿力の数也、由紀生は苦肉の策に出た、ぐるんと引っ繰り返ってベッドにしがみつくと背中を向けて続行を拒んだ。
「やだやだやだやだ、今はやだ」
「俺もやだやだやだやだ」
父親の口真似をした数也は作務衣をべろんと捲り上げた。
明るい部屋に露となる滑らかな薄い背中。
背筋に沿って小刻みなキスをされ、絶妙なくすぐったさに由紀生はぶわりと涙目に。
「オヤジの背中ウマ」
「カズ君ってば……ああ、もう……始まっちゃ……」
「だから何が始まんだよ」
「あぅ……」
どーーーーん!!
「ん?」
「ああっ……始まっちゃった……最初の一発目、カズ君と見たかったのに……」
「打ち上げ花火かよ」
外で轟いた爆音に思わず手を止めた数也を由紀生は肩越しに仰ぎ見た。
「今日は花火大会なんだよ、カズ君、一緒に見よう?」
窓を開けて狭いバルコニーに出てみれば顔に吹き付けてきた潮風。
次々と夜空に打ち上げられる大輪の花火。
曇りのため音が大きく反響し、頭の芯まで震わせるような迫力があった。
「だからやたら多かったんだな」
鉄柵に片手を突かせた数也の言葉に由紀生はうんうん頷いた。
「花火大会なんてカズ君が小さい頃ぶりだね」
「まぁな」
他の泊まり客もバルコニーから見物しているのだろう、周囲から歓声が聞こえてきた。
「懐かしいなぁ」
鉄柵にもたれ、こどもみたいに顔を輝かせて打ち上げ花火に見入っている父親を数也は見下ろした。
「カズ君と川祭りに出かけたの、思い出すね」
正直、自分が一番鮮明に覚えている花火の思い出は別のものだった。
『ウチはマンションでお庭がないから、どこか公園でしようか』
夏休みの外食の帰り、コンビニで花火セットをせがんで買ってもらい、近くの公園へ行ってみれば。
『……先客がいるから別の場所にしようね』
近所のヤンキーが屯していたので、公園は断念し、散歩でよく行く神社の境内へ向かった。
『でも、こんな場所で花火なんかしたら罰が当たるかも。今日は線香花火だけにしておこうか』
覚束ない外灯の元、静かな境内の片隅でしゃがみ込んで線香花火をこっそり親子二人で楽しんだ。
『痒い、お父さん、蚊にさされちゃった。カズ君は大丈夫? さされてない? 家に帰ったらアイスクリーム食べようね』
夏の夜、淡い火花にほんのり浮かび上がった由紀生の笑顔を、今でもはっきり覚えていた……。
「ッ……オヤジ」
遠い記憶に意識が傾いていた数也は。
自分から小鳥みたいなキスをしてきた由紀生をまじまじと見下ろした。
「カズ君、お父さんのこどもに生まれてきてくれてありがとう」
照れ笑いを浮かべる今の父親とかつての父親の笑顔が数也の中で重なった。
「オヤジ、ぜんぜん変わんねぇな」
そう呟いて、幸せそうに笑う由紀生にそのまま口づけた。
由紀生はもう拒もうとしなかった。
周囲のバルコニーからさざめく人々の気配が伝わってくる中、打ち上げ花火の残響を聞きながら、密やかに大胆に唇を交わした。
「……痒い、蚊にさされた」
「窓開けたまんまだったからな」
翌朝、ベッドの上で素肌にポツポツ浮かび上がる赤い痕に由紀生は泣きっ面に、肩をポリポリ掻いている父親に数也は注意した。
「掻くなよ、オヤジ」
「あ、そうだね、益々痒くなっちゃう」
「俺が掻いてやる」
「えぇぇえ、カズ君がやると血が出そう、自分で掻くからいいよ」
「蚊になりてぇ」
「急にどうしたの、カズ君」
「蚊になったらオヤジの血ぃ吸えるじゃねぇか」
「そんな吸血鬼みたいな怖いこと言っちゃだめ」
ーー父の日おめでとう、オヤジ。
ーー今よりも幸せにしてやっからな。
父の日に限らず、世にも罪深い禁断の愛を年がら年中誓い続ける究極ふぁざこん息子なのだった。
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