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2-アヒルちゃんとおふろ
成人を過ぎた息子の数也は最近帰りが遅い。
通常よりも長い高校生活を終えた青少年は元先輩が営んでいるという飲食店に就職した。
帰りはたいてい零時前後、よって由紀生が残業を済ませて帰ってきてもマンション自宅はたいてい無人だった。
「ただいま」
自分の声ががらんどうの薄闇に響く。
数也がパツキン頭でじゃらじゃらだらけな高校生だった頃、こんな状況は多々あった、今に始まったことじゃない。
だけど前にも増して物寂しく感じるのだ。
玄関でちょっと立ち尽くした由紀生は以前数也が口走った言葉を思い出した。
『てめぇを待つ時間、あれ、さいっっこぉにうざいんだよ、わかっか?』
「……本当、確かにうざいね、カズ君」
一人きりの夕食を簡単に済ませた由紀生はお風呂に入った。
体と髪を洗って湯船に浸かる。
凝り固まっていた節々が熱い湯でじんわり解される。
「はぁ……」
まだ二十代にも見て取れそうな外見だが中身はやはり四十路、由紀生は満足そうに長いため息をついた。
湯面には中年男性の入浴に似つかわしくないアイテムがぷかぷか浮いていた。
黄色いアヒルちゃんsだ。
『アヒル、ぶくぶくー!』
かつて幼い息子と一緒に入浴した際、浮かべていたものだった。
小さな数也は嬉々としてアヒルちゃんを窒息させようと、よく湯船底に躍起になって沈めていたものだった。
最近の数也は高校時代のやんちゃぶりが嘘のように地に足ついた生活を送っている。
生活費と称して給料の半分を由紀生に差し出してくる。
由紀生はその半分を受け取り、残りは貯金するよう数也に返していた。
息子の立派な成長が嬉しい反面、寂しくもある。
寂しさを紛らわせるようにアヒルちゃんsを棚奥からわざわざ引っ張り出し、お風呂に浮かべて。
由紀生は唇のすぐ下まで湯船に浸からせて呑気な顔をしているアヒルちゃんsをぼんやり眺めた。
ぼんやりが増長して、それはいつの間にか眠気と化して。
とても心地いい湯船の中でうとうとうとうと…………。
「オヤジ」
次に目を開けば広くもない浴室の中に息子の数也がいた。
いまいち覚醒しきれていない由紀生は寝惚け眼で我が子をぼんやり眺めた。
あれ……カズ君だ。
いつの間にこんなに大きくなったのかな?
「おい、オヤジ」
……あれ……。
カズ君の、お父さんのより大きい……?
「湯当たりすんぞ」
「…………カカ、カ、カズ君」
やっと我に返った由紀生を見下ろしていた数也はしゃがみ込み、湯船に浮かぶアヒルsの一つを掬い上げた。
「オヤジ、いつもアヒルと風呂入ってんのか?」
「ちが……! 今日だけっ今日だけだから!」
「ふーん?」
夜遅くまで働いて抱え込んでいるはずの疲労や眠気を微塵も感じさせない黒髪短髪の青少年息子は。
アヒルちゃんsが転覆しそうな勢いで湯船に浸かっていた父親を強引に引っ張り上げた。
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