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第2話 - 07*
「斉藤」
「……はい」
僕を視認した鈴木に低い声で呼び掛けられて、つい敬語になる。
「不法侵入に、覗きなぁ」
「……ち、ちがくて……おと、音がしたから、」
「副委員長も落ちぶれてんな」
理由はどうあれ否定は出来ない。黙り込んだ僕に、鈴木は愉快そうに笑った。僕はどうなってしまうのだろう。そんな僕の心配をよそに、鈴木はまるで何もなかったかのようにその手を動かし始めた。扉越しより至近距離の今、鈴木のそれがはっきりと見える。そこから粘ついた水音がするまで、僕は唖然としていた。
「えっ、いや! なにしてんの!」
「なにって、ナニだけど」
「いや、僕いるんだけど! やめるとこでしょ、普通!」
「お前ならいいかなって」
いいわけがない、という言葉は、呆れの感情と共に喉に引っかかる。性におおらか過ぎるきらいがあることはこの前のことで十二分に判っていたが、まさかここまでひどいとは思っていなかった。
「……」
その時ふと、一つの可能性に思い至った。この前されたこと、それは今でもまざまざと思い出せる。その時僕と鈴木の立場は逆で、つまり今の僕は、あの時の鈴木と同じことが出来るのだ。僕は一つ息を吸うと、自分を奮い立たせるべく握り拳を作る。
「な、なぁ鈴木」
「おー?」
「す、鈴木が、学校に来ないでなにしてるか……言い触らされたくなかったら、僕がああいうやつだって、黙っててよ」
あの時の鈴木ほどの怖さこそないが、不思議なことに喉からはするりと言葉が出た。もしかしたら僕はどこかで、こんな機会があることを願っていたのかもしれない。鈴木は僕の言葉を吟味するようにしばらく僕を見ていたが、やがてため息を吐くと乱れたスウェットを正した。これでやっと普通に、対等に話が出来そうだ。
「で、これプリントなんだけど……」
「俺、弱味は握り返すよ」
しかし鈴木は僕に人心地つく暇も与えなかった。プリントを取り出そうと鞄に視線を移すと、そこに影が落ちる。それに顔を上げれば、いつの間にか鈴木は僕の前に立っていた。
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