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第1話 - 03

「せ、んぱい」  勝手に口から言葉が漏れて、僕は慌てて口を覆った。  しかし起こしてしまうかもしれないという心配は杞憂だったようで、先輩は相変わらず穏やかに寝息を立てている。試しに少し近付いてみても、起きる様子はなかった。  授業をさぼるような人ではない先輩が、何故か今日に限って屋上で寝ている。少し落ち着いた頭でその事実を何度も反芻させているうち、目頭がぶわりと熱くなった。  これは、神様が最期にくれた幸運なんじゃなかろうか。 「す、こしだけ」  これから死ぬんだ。  少し触るくらい、許されるはず。普段は触れない、その横顔を。  からからに乾いた喉を潤すように、唾を嚥下する。いけないことだと判っていても、足は勝手に先輩へと向いていた。心臓がうるさいくらいに叫んでいる。  少しずつ埋まる先輩との距離。  あと少し。先輩の真隣、すぐ傍に膝をつく。普段は近寄れないほどの至近距離。近くで見ても、壊れ物のような色白の顔はひどく美しかった。その頬にそっと手を伸ばせばそこは驚くほど柔らかで、泣きそうなくらいに優しい温度だ。  もう少し。顔を寄せる。先輩の寝息を直接感じられるほどの距離。これ以上はダメだ。これ以上顔を近付けたら、僕は先輩と。ばくばくと警告のように脈打つ心臓。それでも、止められない。あと数センチ。あと数ミリ。  ――という所で。その目が、ぱっちりと開かれた。 「……」 「……」  突然のことに数秒動けず、ごく至近距離でその瞳を覗き込んでいた。  まるで夜空のように黒々とした瞳。切れ長の目が、じっと僕を見つめ返している。

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