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第13話
「はっ、スゲえ反応。好きだもんな、キメセクは」
薬が起こす異常な感覚。異常な視界。光が滲んだ視界の中で、エディンは笑っている。彼が何をしているのか、歪んだ感覚でははっきりと認識できない。
彼の手がマルクの下腹部に伸びる。勃起したペニスが勝手に震えて、だらだらとカウパー液を垂れ流している。
寒い、と思った。
先ほどまであんなにも熱かったのに。今度はそして体は極寒の吹雪の中に放り出されたかのように寒くて仕方が無い。指先は震えて、歯の根が合わない。熱が欲しい。暖かいものが欲しい。
助けを求めるようにエディンを見た。もう彼の顔が正常に思い出せずにいた。
「はは、キマってんな。スゲえそそるぜ、その馬鹿みたいな顔」
エディンがマルクの足を抱え上げた。仰向けになった長い体躯を窮屈に折り曲げて、勃起したペニスをアナルにあてがった。それからは簡単だった。
「ほら、お前の大好きなおチンポ様だ。ケツでしっかり味わえよっ!」
ずるるるっ。
強く収縮し窄まったアナルを力任せにこじ開けられ、直腸を広がった亀頭で擦られる。この征服感。支配される感覚。脳に幸福感が広がっていく。
「っああああっあああああ! え、えでぃ……ふと、ぃいいいいいっ」
薄い腹筋の上に、粘液質な水たまりが広がっていた。精液混じりの先走り液がまるで池のように腹の上に溜まって、思い出したようにソファーへと滴り落ちていく。
気持ちいい。
深く深く埋められたエディンのペニスが腹の中で暴れ回っている。薬で狂った前立腺は、僅かに掠めただけの刺激で悦びの嵐が吹き荒れ、充血したペニスが歓喜の涙をこぼすのだった。
暑い。
先ほどまであんなにも寒くて堪らなかったのに。今度は蒸し風呂に入れられたように暑くてたまらない。
犯されているという充足感。直腸内に収まる熱された鉄杭のようなペニスが与えてくれる体温が、開発され切った浅ましい体を満たしてくれる。
「しゅごっ……あっ、ああっ、ひあぁぁぁっぁああああっ!」
すっかりできあがったマルクを犯し、気を良くしたらしいエディンが腹の上でだらだらとカウパー液を垂れ流すだけのペニスをぐっと握りしめた。それだけの刺激で、絶頂の甘い電流で脳内が真っ白になった。
びゅるるっ。
腹にかかる自身の精液は、エディンにつかれる度にだらしなく吐き出されていった。びくびくと痙攣し、何度も何度も射精する。粘膜に直接すり込まれた薬のせいで、すっかり箍が外れてしまったらしい。
エディンの無骨な指先が、マルクのペニスに走る血管をなぞるように触れる。そうしてゆっくりと根元から亀頭へと指を走らせ、一つ血管を避けるようにして貫通したピアスを愛おしそうになでやった。ねっとりとした体液にまみれた、鈍く輝く白金のピアスだ。
なあ、と荒い吐息混じりの声がマルクに降りかかる。絡みつくようなその声は、興奮し、すっかり上擦っていた。
「こっちのピアスももっと増やすか? どうせ誰にも使うことない雑魚チンポだからな。着飾った方が見栄えしていいだろ。客もお前の変態マゾっぷりに大喜びだろうよっ」
指がピアスを引っ掻いた。
脳みそが焼かれるような快感がマルクを狂わせていく。何度も吐き出した精子と一緒に、人としての大事な理性が蕩けて消えていっている。
「えでぃ……も、やだッ……! あああっ、ケツまたイってるっ……! スゴ、イクっ……あ、ぁ……ああっあああああぁぁぁっ!」
腰をくねらせて、ソファーにしがみついて、一方的に与えられる快楽から逃れようとマルクに残された僅かな人間性が体を突き動かす。だけども薬で狂った肉体は、あまりに無力で。
エディンが強く腰を掴み、激しく腰を打ち付けた。ぎりぎりまでペニスを引き、そして叩きつけるように根元までねじ込む。その繰り返し。
「……すげえ、痙攣っ、チンポもぎ取られそうだな」
一度ペニスを引き抜くと、エディンは力の入らないマルクの体をひっくり返すと、尻を高く突き出すように腰を持ち上げた。犬の交尾のように四つん這いになり、ソファーの背もたれに頭を押しつける。そうしてまた一気にペニスをアナルに押し込んだ。
「ぃああああああっっ!」
背がしなる。一気にねじ込まれたペニスの質量と、乱暴なセックスを喜ぶ声が無意識に上がる。エディンがマルクの尻を撫で、その尻肉を強く掴んだ。
「っ……次はよ、もっとでけえのを亀頭に空けようぜ。ケツのタトゥー増やしてもいいな。上品なもんじゃなくってよ……ほら、もっと下品な文字……そうだ、〝ビッチ〟ってデカく入れるか? 〝お客様早くぶちこんで!〟 なんてどうだ? リピーター増えるだろっ?!」
エディンの手が尻を叩く。
乾いた音と、痛みがマルクのイカレた興奮を更に煽り立てた。
「――あぁっぁぁぁぁああああっ!」
「またイッたのか? 馬鹿みたいに射精しやがって、汚えなっ……後でお前が掃除するんだぞ?」
背後から手を伸ばされ脇腹を撫でては、ピアスで飾り立てられた乳首へと食指を伸ばす。親指と人差し指で白金を摘まむと、力任せに引っ張った。
「いぎっ……ぁっ! いたっ、あ、きもち、んぁああっ、ん……や、だぁああああああ……」
勃起し、だらだらと先走り液を漏らすペニス。尿道を貫通するように空けられたピアスが、勃起した竿を微細に刺激する。薬物でおかしくなった感覚器官は、普段の何十倍もの快感をマルクの脳に送り込んでいた。
開きっぱなしの唇からは飲み込むことも出来ない唾液が溢れ、焦点の合わない二つの目からは涙が零れて止まらない。
「ほら、もっと扱いてやンよ。好きだろ、ケツ掘られながらチンポ扱かれるの。ピアスがごりごりして気持ちいいんだってな」
「いっ……! ああっっああああぁぁっ!」
脳髄が焼かれるような快感が、頭の中で荒れ狂っている。
前立腺を抉られるように突き上げられ、さらにペニスを扱かれる。少しずつ頭の中身が溶け出ていくいようで、自分が自分でなくなっていくようで、それが堪らなく気持ちいい。
(あ、駄目だ、これ――)
「えでぃんっ、クル、クルっ……凄いのくるぅううううううっ」
耳障りな衣擦れの音。カバーを引き裂かんばかりにマルクは強く握りしめていた。
下腹部から生まれる熱が、腹の奥底に生まれ、弾けては、脊髄を駆け上っていく。ぞわりと肌が粟立つ。心臓が跳ねる。快楽が、ぱちぱちと視界の端に弾ける火花となって可視化し、マルクの脳内を真っ白に塗りつぶしていく。
それはもう、獣の咆哮だった。体中の筋肉が強張り、合わない歯の根ががちがちと音を立てる。何度も射精し、痛みさえ訴え始めた睾丸がまた射精せんと収縮し、マルクの、僅かに残された人間性を完全に崩壊させた。
「あああぁぁっ、ぅああっ、あたま、おかしっく、なるぅううっっっ!!」
っぷしゃああああ……。
何度も絶頂したペニスが吐き出すのは、精液でもなければ尿でもない、透明な体液だった。止めどなく溢れ、ソファーカバーに落ち、床へと滴り落ちていく。それを止める方法は、セックス中毒に陥ったマルクの脳ではまるで思いつかなかった。
背後で笑い声がする。マルクの獣じみた喘ぎ声と、その無様な絶頂の様子を嘲笑うような声が。
「マジで? ハメ潮かよ。っ、もう、男じゃねえな。これじゃあ、チンポついてるだけの女じゃねえかっ」
ただただ侮辱するその言葉に、ふしだらな体は卑しく反応した。エディンの手が尻を強く叩いたとしても、それの痛みはマルクの脳内で甘いものに変換される。
「ヤりまくってたら今に孕むかもしれねえなっ」
いつになく強烈な絶頂の感覚に、緊張の糸が切れたのかマルクはくたりとソファーに倒れ伏した。もう自分の体を支える力さえない。息も絶え絶えで、断続的に与えられる快感に悶えるだけ。どうすることも出来なかった。
薬で異常な程に研ぎ澄まされた感覚。
頭がおかしくなりそうだった。いや、もうとっくにおかしくなっているのだろう。もう何かものを正常に考えることさえも難しく。
「あーっ、あーーっ……やだ、も、やだぁあ……イグのとまらないっ……」
自身の出した体液にまみれたソファーに顔を押しつけられて、マルクは哀れにも喘ぐだけ。歪んだ視界を更に歪なものに仕立て上げるのは、二つの目からこぼれ落ち続ける涙のせいだろう。その涙が、自身の浅ましい肉体を嘆くものなのか、それともこの至上の快楽への感涙なのかは分からない。
(気持ちいい、きもちいぃいい……)
だらだらと精液を垂れ流しながら、与え続けられる快楽を甘受する。
「あーあ、量間違えたか? いつも以上にぶっ飛んじまってるじゃねえか」
「イグっ、イグぅううううっっ……!」
「ホラ、欲しいだろ? 中出しして欲しいんだろ? 孕めよ雌犬、大好きな精子だぞッ……!」
深く根元まで押し込まれたエディンのペニスがぶるりと震えたと思えば、間もなく、熱がマルクの直腸内に広がった。脈動し、マルクを妊娠させようと精子が駆け巡る。ペニスを包む腸壁が、そのあまりの熱に大きく蠕動した。
「あぁぁあ?! ……あぁ、……あ、出てる、あついの出てる……」
腹の中に広がる熱と幸福感。充足感、歓喜。
様々な感情に突き動かされ、薬とアルコール、それからセックスでとっくに狂った脳が、自傷するかのように脳内物質を分泌していく。気持ちいい。あらゆる悩みが、恐怖が、マルクの人間性が、セックスで掻き消されて壊されていく感覚が、とてつもなく気持ちいい。
「……最高のビッチっぷりだったぜマルク」
射精の余韻をたっぷりと味わって、エディンがゆっくりとペニスを引きずり出した。女性器となったアナルはまだ繋がっていたいと強く収縮するが、その願いは叶わない。太いカリ首に引っかけられて、直腸が一緒に引きずり出される。
「あぇ……あー、ん……」
尻を突き上げて、床に倒れる姿はとてつもなく滑稽に映ったことだろう。エディンは下卑た笑みを浮かべたまま、そんなマルクを馬鹿にするように尻を叩いた。
「見事なアナルローズだな。ほら記念に撮ってやるから、こっち向けよマルク」
いつの間にか床に落ちていたらしいマルクのスマートフォンを拾い上げると、エディンは手早くカメラアプリを起動した。こんな恥ずかしい体勢で写真を撮られているだなんて、今のマルクには何も分からない。今が何時で、これから何をしようとしていたのかも分からない状態だった。
力なく項垂れるマルクの反応がつまらないと思ったのか、エディンがぽっかりと開いたままのアナルに指を這わした。収縮するアナルの襞をなぞられる感覚は、前立腺を抉られる直接的な快感とは違うもどかしさがあった。
激しいセックスで消耗した体力。だけどもまだ欲しいと強請る尻が、その僅かに与えられる快感を貪ろうと揺れている。
「……んん……ぁ、ぴーとぉ……気持ちいぃいっ……」
ここで何を口にしたのか。
マルク自身にはよく分からなかった。ただ浮かれた脳が、勝手に言葉を紡いでいた。
「ああ?」
エディンの苛立たしい声がマルクを微かに正気に戻した。
自分が今、何を言ってしまったのか、ようやくそこで理解した。薬で毒された脳からさあっと血の気が引いていくのがよく分かる。
「おいおい、誰と間違えてんだ? なぁ? お前にチンポぶち込んでやった相手間違えるなんてなっ!」
無骨な手のひらがマルクの頭に伸びる。髪を掴まれ、無理矢理正面を向かされる。
そこには怒りに満ちあふれたエディンの表情があった。乱れた巻き毛のダークブロンドの下、深い彫りの向こう側に潜む双眸がどんな色を携えているのかマルクには全く分からなかった。
「えでぃ……ごめッ……」
謝っても遅いことは、今までの付き合いから分かっていた。
だから咄嗟に顔を守ろうとした。いつもそうだった。彼は激高すると手がつけられなくなる。だけども、その判断は薬に毒された脳が下すにはあまりに遅すぎた。
「――いっ……!」
ぐわんと視界が揺れ、思い出したように頬が熱くなった。痛みが数秒ほど遅れて伝わり、たまらずマルクはその場に蹲った。ぬるりとした感触が口の端から伝い落ちていく。血が出ているとすぐに分かった。
痛い。
鮮烈な痛み。
セックスで得られるものとは違う、本物の痛みだ。鈍くて熱くて、逃げ場のない苦しみ。
「なあ、マルク」
冷徹な声が降りかかる。
ぞっと背筋に怖気が走る。その声の悍ましさが、マルクの心臓をはやし立てる。苦しい。怖い。このエディンという男が、これから何をするか、マルクには容易に想像がついた。
「キメセクも好きだけど、お前、首絞められるのも好きだったよな?」
その手には紐が握られている。
雑誌を纏める為に買ったばかりのビニール紐だ。
「薬と首絞め、同時にやったことってさ、今まで無かったよな?」
「……っは、泡吹きながらイってやがる」
その声はくぐもって聞こえた。
分からない。
何がどうなっているのかも分からない。
自分に馬乗りになっているこの男が、さながら手綱ように握りしめるその紐が首を絞めていることもよく分からない。
酸欠で視界が曇っている。
薬で光が虹色に見える。
床に転がるビール瓶を見た。
見慣れた茶褐色の瓶。そこに張り付いたラベル。
チェコ産のビール。
ピート。
会いたいと思った。
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