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第21話

「……綺麗だ」 「――え?」 「君の裸」  すっかり一糸纏わぬ姿となったマルク。痛々しくピアスが貫通したペニスは熱を帯び、これから起きる事への期待に膨らみ初めていた。  マルクは頬を赤く上気させては、長い腕で顔を隠してしまった。 「……ピアスだらけだし、タトゥーも入ってる。綺麗って、おかしいだろっ」  羞恥からかそれとも別の感情か、マルクの声は震えていた。 「ピアスもタトゥーも全部ひっくるめて君だろう」  マルク。  マルク・クラース。  彼を構成するものは全て愛おしく思えた。  勤勉な好青年の家事代行アルバイト。  男達を愉しませる為だけに股を開くストリッパー。  どちらもマルクだ。  だから好きなのだ、とクカは思う。  彼の秘められた二面性が、どうしようにもなくクカを惹き付けて放さない。 「……そうかもしれなっ……っぁあっ……っ!」  ぴんと隆起した乳首を指先で弾けば、マルクは糖蜜みたいな嬌声を薄い唇から吐き出した。熱っぽい息、潤んだ視線。慌てて手の甲を唇に押し当てて、込み上がる声を必死に抑えている。 「その声、好きだから。そんな風に手で隠さないで欲しい」 「ピート」 「もっと聞きたい。あそこじゃ明け透けに何でも言ってたじゃ無いか」  あのバーの二階。下品な言葉を並べ立て、クカの上に跨がったマルクはこんな風に恥じらうことはしなかった。 「…………あれは、その、ピートに嫌われたくて。普通あんなことされたら殴ってでも、逃げるだろ」 「そうだったの? 嫌いになるどころか、俺はもっと君が好きになった、と思う」  そうだ、あれがあって初めてクカはマルクに抱いていた感情をはっきりとした形として受け止めることは出来なかっただろう。 「じゃなきゃ、こうして、君を抱きたいって思わないだろう?」  ああ、マルク、とクカは続けた。 「君を見る度に、君を好きになっていっている気がする――いや、自分の感情に気づいていっているだけなのかもしれないね」  マルクの黒髪をやんわりと撫でながら、本当は、と口にする。 「最初から、君が好きだったのかもしれない」 「……ピートって、頭おかしいだろ。子供いる癖に、若い女とデートしてた癖に、オレなんかに勃起しやがって」  若い女と聞いて、すぐに彼女を思い出すことが出来なかった。ああ、そうか、クカがあの大雪の日にマルクを見かけた時、同じようにマルクもクカを見かけていたのだろう。自分とそう年の変わらない女と出歩く自分を見て、マルクはどんな風な感情を抱いた事だろうか。 「ああ、きっといかれてる。事故で頭ぶつけて、おかしくなっちゃったんだ」  首筋に歯を立てる。太く浮いた血管に犬歯を食い込ませて、甘く噛みついた。それから薄らと汗の滲んだ皮膚を舐り、鼻がかった喘ぎ声を漏らすマルクに追い打ちをかけるように唇を落としていった。 「マルク」  耳朶を食み、浮き出た軟骨を確かめるように舌を這わして、こう続ける。 「君が好きだ」  好きだ。  一度口にしたら止まらなかった。  好きだ、好きだ、好きだ。  壊れたラジオのように、同じ言葉を繰り返した。まるで呪詛のように。マルクの逃げ道を封じる鎖のように。彼の全てを雁字搦めに捕らえる糸のように。  以前、マルクがそうしたのと同じく、クカはゆるゆるとマルクの勃起したペニスを扱いた。手を上下する度に、硬いピアスが引っかかる。それがマルクにとって堪らなく気持ちがいいらしい。マルクの腰が揺れている。熱に蕩けた二つの目が、これ以上にないくらいに甘い視線でクカを貫いていた。 「んぁッ……あ、ピートぉ……」  ちろりとだらしなく唇の隙間から覗く赤い舌。口端から垂れる唾液がぬらりと照っていた。  欲しい。  彼の薄い唇がそんな単語を形作った。 「ピートの……欲しい」  ペニスや乳首への愛撫に堪えられなくなったらしい。  吐息混じりのお強請りに、クカは口角が緩んでくるのを感じていた。足を開いて、その長い腿と柔らかい尻の肉の影に隠れたアナルを見せつけるように腰を浮かせている。その行為は、セックスに手慣れた男娼のそれだろう。  でもその表情や、その声は。  ああ、マルクだ。  学生のマルクだ。まるで別人。中身が入れ替わったよう。その体に走るタトゥーは、三週間前に見たあのストリッパーの青年とまるで同じだったけれども。  クカは込み上がってくる感情を飲み込むように喉を鳴らした。  逸る気持ちに急かされるように服を脱ぎ捨てて、窮屈なジーンズの下に押し込まれていた自身のペニスを開放する。早くマルクを犯したいと鎌首をもたげるペニスは痛い位に張り詰めていた。  赤黒い亀頭を目にし、マルクが息を呑む音がクカの耳元にも届いている。 「……挿れるよ」  腫れ上がった亀頭を窄まったアナルにあてがって、クカはゆっくりと腰を進めていった。幾ら慣れているとはいえ、クカのペニスをすぐに受け入れることは難しいようだ。 「ッ……キツっ……」  声が漏れる。  きゅうきゅうとペニスを締め付けるアナルは、以前味わったセックスの快楽の何段も上の快感をクカに与えてきた。狭い直腸内を無理矢理こじ開けて、自分の形に形成していく感覚が堪らなくクカを興奮させた。  だけどもマルクに負担はかけたくなくて、クカは一気に埋めてしまいたい欲求を抑えつけ、ゆっくりとペニスを沈めていった。ねっとりとした粘膜の感触。歓迎するようにぴっとりと張り付く襞の感触。  気持ちいい。  頭が沸騰してしまいそうな熱が下腹部から生まれ、クカの脳へと伝わって行く。酒に溺れていた時に見た、アルコールに毒された脳が造り出した異世界にいるような、そんな多幸感。何て快感だろう。何て悦びだろう。酒なんてものに溺れていた自分が馬鹿らしくなってくる。 「……っ、全部、入った、かな……?」  ず、ず、と根元までゆっくりと押し込んで、クカは熱い溜息をついた。 「やっぱ、ぴーとの、デカすぎっ、だろ……! ケツ、ピートので一杯で……」  涙目になり、唇を噛みしめるように引き結んだマルク。体を貫く熱に唸り声を上げながら、結合部に目をやっている。大きく拡張されたアナルがクカのペニスに食らいついて放さない。 「……あんまり、そう言われると、ちょっと……っ、恥ずかしいな……あんまり大きさとか、考えたこと、……なかったからっ」  マルクのなだらかな腰のラインに手を沿わせ静かに力を込めた。薄らと汗を掻いた彼の肌がクカの手のひらに吸い付いてくる。その感触を楽しむこともせず、クカはずるるるっ、と一気に腰を引いた。 「うぁ?! んあ、ちょと、ぉ……きゅうっにぃ……ん、抜くの、卑怯だろってぇぇええっ……!」  摩擦で拡がったアナルが捲れ上がり、サーモンピンクの粘膜が僅かに覗く。笠を張ったカリ首がぎりぎり出るか出ないかの瀬戸際まで引きずり出せば、マルクは驚いたような嬌声を吐き出した。そのまま奥まで突き上げれば、更に甲高い雌の声をその口から吐き出した。 「っあ、ん、スゴっ……、ホント、腹ん中抉られて……っ! あぁぁ、ナカ、ひきずりだされそっ……! あっ、あぁぁっん、んぁ、あ、あああっ」  乾いた皮膚の音ばかりが部屋に広がった。  マルクの前立腺を亀頭で抉るように突き上げれば、彼は今まで聞いたこともないような声を上げて身を震わせた。よれたシーツに爪を立て、一方的に与えられる快感から逃げようと腰を捩らせる。だけどもクカの手がそれを許さない。充血し腫れた亀頭でマルクの前立腺を抉るように突き上げる。 「ひっ――!」  マルクが息を飲む音がはっきりと聞こえた。仰け反った白い喉が酸素を求めるように蠢いている。  だらだらと先走りをしみ出していた亀頭から、白濁した精液が迸る。精液がマルクの腹筋を汚していった。きゅううっとより一層強く締め付けるアナルの刺激に、一度果てそうになりながら、クカは奥歯を強く噛みしめた。 「……っ、もうイッたの?」  深く深く埋めたまま、クカは射精の余韻に浸るマルクの頬をそっと撫でた。 「だって、ぴーとの、やばっいんだ。ナカ、突かれるだけで……頭おかしくなりそう」  マルクの狭い額には汗が玉のように浮かんでいた。熱いセックス。茹だるような熱が二人を取り巻いている。マルクの薄い唇が、伸ばされたクカの指を優しく食んだ。唇と舌を駆使してしゃぶる様は、まるで口淫だ。口いっぱいにペニスを頬張っていたあの顔を想起し、クカは再び律動を再開した。 「んっ! んぁ、スゴ、気持ちいぃいいっ、あ、あぁ、ん……あああっ、ひ」 「凄いよ、マルク、こんな感覚、……初めてだ」 「んん、ぁ、好き、そこ、すきっ」 「知ってる。ここを突くと、狂ったみたいに、声、上げるよね?」  ぐりゅり、そんな音が頭の中に響いていた。蠕動する直腸内を擦り上げる音。生々しくて淫靡な響き。開発された前立腺は悦びをマルクの喉を通して発散する。二つの眠たげな双眸を白黒させながら、マルクは雄叫びを上げた。 「あぁぁっぁああああっ! お、ぁ、やべ、も、またッ……ぇ、イクっ、……イクゥウウウウウウっっ!」  ピアスの輝くペニスを大きく震わせて、マルクはまた激しく絶頂した。腹の上に落ちる先走り液と精液は、淫らな水たまりを彼の腹に産み出している。粘度の高いその体液は、ゆっくりとベッドシーツへと滴り落ちていく。  ひゅ、ひゅ、と荒い呼吸を続けるマルクの体を繋がったまま返すと、クカは彼を獣のように四つん這いにさせた。天井向けて突き上がった尻肉に手をやって、やんわりと撫でやった。頬や腹の肌とはまた違う弾力が心地良い。  尻肉を掴み、左右に拡げれば、大きく拡がったアナルとそこに突き立つペニスの全容がよく分かった。粘液の泡を吹き、されるがままになっているアナルはそれでも食らいつくように微細に痙攣している。それが断続的にペニスに強い刺激を与えていた。この感覚が堪らないのだ。頭が痺れて呆けていく感じ。今まで積み上げて造り上げてきたクカというものが崩壊していく感覚。 「……ああ、何て体なんだ……」  クカは溜息混じりにそういった。  マルク、あの好青年を破壊していく感覚。娼婦のように犯されて声を上げるマルクがとてつもなく愛おしく思えた。下腹部のタトゥーと同じアーティストが入れたものだろうか。精巧な文様が、尻の谷間の近くに描かれている。幾何学的な蝶がペニスをねじ込む度に羽ばたくように歪んでいる。  何度も射精して腰を上げる余力もないらしいマルクは、くたりとベッドの上で俯せになっている。そんな彼の体に覆い被さって、ぴたりと肌と肌を密着させた。そうして横たわって声を上げるだけの人形に成り下がったマルクを一方的に犯し続けた。下腹部からわき上がる性欲に導かれるがままに。 「ぴーと、ピートぉっ! またイク、イク、ぁ、酒も、薬もないのに、またイってぇ、……おおおっおおおぉぉっ?!」  クカも抽挿の速度を早めた。尻肉が弾み、波紋を生む。乾いた音と、粘液が泡立つ醜い音。クカももう限界だったし、マルクはとっくにその限界を超えている。シーツと体の間に挟まれた彼のペニスは断続的に精子混じりの粘液を吐き出し続けていた。 「あー、クル、凄いのクルっ……! ケツ、焼けそう、ひ、やっべ、おかしくなるっ……!!」 「マルク、マルク、ああ、凄い締め付けだ……!」  ただ一点を狙って、ただただ腰を振り続ける。マルクを使った自慰行為にもにた身勝手なセックスは、人生で感じたあらゆるものを覆す程の快楽をクカに与えていた。  もっとしたい、もっと犯したい。マルクの声が嗄れるまで、自身の脳が焼き切れるまで、続けていたい。そんな想いがクカの頭を支配していた。  強く強く、力任せにペニスをねじ込んだとき、あ、と間の抜けた声がマルクの開きっぱなしの口から吐き出された。びくん、と今までで一番大きく身を震わせたかと思うと、ぷしゃっ、と今までとは違う水音がクカの耳に飛び込んできた。 「ああぁぁぁ、ピート、見ないで、恥ずかしっ……いぃからぁああっ、あ、まだ出る、スゴ、も、無理ぃいいっ!」 「……マルク、凄い」  シーツに広がるシミ。それは赤黒く腫れたペニスから迸る小水にも似たさらりとした体液。ぷし、ぷし、と突き上げる度に吹き出すそれは、男が感じる最大限の快感を、絶頂を、マルクは今感じているのだ。 「潮吹いたんだ? そんなに気持ち良かった?」  頬どころか耳の先まで真っ赤に染めた青年は、喘ぎ声とも呻き声とも判断がつかない声を上げながらマルクは吠えていた。マルクの頬には滂沱と涙が流れて落ちていた。クカの声は届いているのかも分からない。ベッドに縋り付くように倒れ伏した彼を組み敷いて、奥の奥までペニスを埋めていく。 「あーっ、あ、あーっ、ああっぁああああああっ!」 「俺も、もう、……だから、全部受け止めて……!」 「ぴーと、ぴーと、好き、すきだからっ、あぁあああっ」  ラストスパート。  最後の最後までマルクの胎内の暖かさを感じながら果てたかった。今まで以上に早く、力強く腰を打ち込んで、頭が、脳が溶けて行く。後少しだ。後少しで果てがやってくる。セックスの獣になって、クカは彼の胎内の奥の奥、きっとまだ誰も到達していないであろうその奥底に向けて吐精した。 (……ああ、何て)  何て快楽だ。何て悦びだ。体中を駆け巡る快感の嵐。脈動する睾丸が、ありったけの精液をマルクの中へと吐き出している。彼の全てを自分の色に染めようと。 「……マルク、ああ、搾り取られそうだ……」  緊張の糸がぷつりと切れたように、クカの体中の筋肉が弛緩した。一挙に押し寄せてくる気怠さに身を任せ、クカはマルクの体に覆い被さってた。そうしてしばらくペニスをまったりと包み込む肉の暖かさを楽しんで、ゆっくりと引き抜いた。ぽっかりと空いたアナルから、垣間見えるピンク色の粘膜。泡を吹き、糸を引き、下品に口を開いたアナルからは僅かに白濁した粘液が滴り落ちている。  もっと見ていたいと思ったけれど、激しいセックスの疲労感に満ちた体は正直で、クカは壁と倒れ伏すマルクの合間に挟まるように横になった。どっと体に襲い来る疲労感。  ああ、そうだ、ととあることを思い出す。  明日も――いや今日は平日だ。今は何時だったかよく分からないけれど。きっとまだ外は明るくなってはいないのだろう。 「ぴーとぉ……」  もぞりとマルクが蠢いた。酷く疲れた表情でクカを見やり、甘えるような声で名を呼んだ。その蜜みたいな声に誘われて、クカはその薄い唇に食らいつくように口付けた。舌。疲れ切った気怠いディープキス。マルクの高い鼻先が頬に触れ、熱っぽい吐息が皮膚の上を掠めていく。  長い長いキスを終えて、クカはマルクと見つめ合いながらそっと笑った。そうして薄い壁に浮いたシミを視界の端に捉えて、「煩かったかな」 「ん?」 「今の音でさ、隣人は怒ってるかも」 「どうでもいいだろ、そんなこと。煩かったら出て行けばいいんだ」  そう言ってマルクは気怠く笑った。  黒い瞳は倦怠感に支配されている。きっと目を閉じればそのまま彼は眠ってしまうことだろう。その顔を見ていたいと思うと同時、まだもう少し彼と繋がっていたいと思う自分がいる。  クカはだらりと伸びた彼の手を取って、その甲に口付けた。次はすっかり白くなった手首、今度は肘。横になったままのマルクに唇を落としていく。まっさらな肌に赤い痕を残していきながら。 「ピート、ん、ぁ……くすぐったい」 「……マルク、もう一回、していいかな?」  足と足を絡め合って、クカはマルクのピアスの痕が残る耳朶にそう囁きかけた。目を細めて笑っていた彼の双眸がこれでもかと見開かれ、マジ、と一言。自身の足に当たる堅い感触に、全てを悟ったらしい。 「……元気なおっさんだな……まあ、いいけど……一晩中やり続けたこともあるし」  と口走ったところで、しまった、と言わんばかりに顔を強ばらせた。 「……あ、こういうのって、言わない方がいいよな」 「いや、むしろ、もっと興奮するかも?」  そう笑いかけて、クカはマルクの肌に手を滑らせた。乳首のピアスに指を引っかけて、ぴんと弾いて見れば、ん、と声が漏れる。 「……やっぱアンタおかしい。普通、そう言うの嫌がると思うんだけど……っ!」 「君にお似合いだろう?」  じゃあさ、とマルクが続ける。 「もう一発ヤる前にさ、またキスしてよ」  くすぐったそうに笑うマルクに、もう一度、クカは口付けた。

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