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2 女装バー 2

俺が新卒で入社した今の会社に3年後に入社してきた吉川衡(よしかわひとし)は、研修の後、俺の隣の部署に配属された。 吉川ははっきりした男らしい顔立ちなので好みは分かれるだろうがイケメンなのは確かだし、背も高いので、入社当時は女子社員が騒いでいたし、俺も密かにいいなと思っていた。 俺の会社はまだ新しく、若い人間が多いこともあってリベラルな社風なので、ゲイやレズビアンであることをカミングアウトしている社員もいるのだが、俺自身は会社ではゲイであることを隠している。 だからいくら好みのタイプだとはいえ、社内の人間である吉川と寝てみたいとまでは考えなかったが、吉川が隣の部署に配属されたおかげで毎日目の保養ができてラッキー、くらいには思っていた。 だが、俺や周囲の女性社員が浮き足立っていたのは、やつが入社してしばらくの間だけだった。 なぜなら、吉川がその顔や体格に似合わず、極端に気が弱いやつだったからだ。 まず、受け答えする声が小さく、はっきりしない。 そして当然、押しも弱く、頼まれたことを断るということも出来ない。 隣の部署の俺が気付くぐらいだから、吉川と同じ部署の人間がそれに気付かないはずがない。 吉川の部署は社内事務を担当しているため、管理職以外のほとんどが一般職と派遣の女性で占められているのだが、吉川はその女性達にあっという間になめられるようになってしまった。 女性というのは、恐ろしいものだ。 ついこの間まで吉川のことをかっこいいと持ち上げていたのに、吉川の本性がわかると手のひらを返したように都合良くこき使うようになった。 聞いた話では吉川はコミュニケーション能力は低いものの、事務処理能力は高いらしい。 それがさらに都合がいいとばかりに、吉川はよく、急ぎの作業や残業を押しつけられているようだった。 もし吉川が、その性格に見合った情けない顔立ちをしていたら、ひょっとしたら女性社員たちも母性本能をくすぐられて、それなりにかわいがっていたかもしれないと思う。 だが幸か不幸か、吉川はいかにも仕事が出来ますといった顔立ちの男前で、その見た目と性格のギャップにガッカリさせられたせいもあって、女性社員たちの吉川への評価はすっかり下がってしまったのだろう。 どちらかと言えば俺も吉川にはガッカリさせられたくちなのだが、それでも吉川が押しつけられた残業を涙目になりながら一人でこなしている姿をみかけると、さすがにかわいそうだなと同情した。 とはいえ、隣の部署の仕事内容に口を出すわけにもいかないし、特に吉川と話すようなきっかけもなかったので、このままやつとは関わることもないのだろうと、そう思っていたのだが。 目の前にいる、涙目の女装男は、間違いなく、その関わるはずのない吉川だった。 さっきまでは化粧をしている上に、普段の吉川とはまるで違う女性らしい、しかもその女装姿に自信すらのぞかせるようなたたずまいだったので、全く気が付かなかった。 けれども今、青くなって涙目になっている吉川は、まるっきり会社で普段見ている情けない吉川そのものだった。 まさかこんな姿の吉川とこんなところで出会うとは思っていなかった俺は、驚いて呆然としてしまっていたのだが、吉川の方はもっと驚いていたらしい。 青い顔をしたまま固まってしまい、そのうえカタカタと震えだした。 いや、これは……驚いているというより、おびえてる? 「お前、なんか誤解してる?」 俺がそう言うと、吉川はびくっと体を震わせた。 やっぱりおびえていたのか、と俺は小さくため息をつくと、さきほどからこちらの様子を気にしているママに聞こえないように、吉川の耳元に口を近づけて言った。 「同じ会社のやつにそんな格好見られてビビるのもわかるけどさ。  別に俺、会社でお前のことバラしたりしないから。  だいたい、ここに来てる以上、俺もゲイだってわかるだろ?  俺だって会社でゲイだってバラされたら困るんだから、お前のことだってバラしたりしないよ」 明らかに誤解している吉川を安心させるために、半ば言い聞かせるような形で説明して吉川の耳元から口を離したが、吉川のおびえる様子に変わりはなかった。 ……無理もないか。 ゲイだっていうだけと、ゲイで女装癖ではだいぶ違うもんな。 うちの会社の社風からして、ゲイばれしてもさほど問題はないだろうが、ゲイの上に女装癖もあるとなると、さすがに周囲の目も変わるだろう。 まして吉川の部署は女性ばかりなのだから、吉川に対する風当たりが今以上に強くなることは間違いない。 だが、それとは別に、そこまでおびえるか?とも思う。 確かに吉川は俺のことはほとんど知らないだろうし──どうやら名前と顔は知っていたようだが──俺が会社で吉川のことをばらすような口が軽いやつかどうか、判断できないかもしれない。 けれども、一方的にではあるが吉川に対して好意──それが転じて今では同情を抱いていた俺としては、自分が吉川にそんな酷いやつだと誤解されているというのは、なんとなく気分がよくない。 「……あー、もうめんどくさい!」 いきなり俺がそう言ったせいで、吉川はまたびくっとした。 そんな吉川に構わず、俺はこちらの様子をうかがっていたママに声をかける。 「ここって、個室あるんですよね?  空きがあったら貸してもらえませんか」 「え、それはあるけど……」 いきなりそんなことを言い出した俺に驚いた様子のママは、吉川を見て心配そうに言う。 「よっちゃんは、それでいいの……?  このカウンターはナンパ禁止なんだから、嫌だったら断ってもいいのよ?」 吉川はママと俺を交互に見て、それから「……いえ」と言った。 「大丈夫です。  ……この人、知り合いなので」 会社にいる時と同じような小さな声でそう答えた吉川に、ママはますます心配そうな顔になったが、結局は個室の鍵を渡してくれた。 「3号室よ。その奥ね」 「ありがとう。  ……行くぞ」 一応ママに礼を言うと、俺はまだおびえた様子で震えている吉川の手をつかんで、店の奥へと向かった。

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