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side:吉川(1~5)☆

藤本晴希さんは、会社の隣の部署の先輩だ。 隣の部署とは言っても俺の部署と藤本さんの部署は業務上とくに関わりもないため、藤本さんとは挨拶程度しか話したことはない。 けれども、そのほとんど話したことのない藤本さんに、俺は入社以来ずっと片思いをしている。 初めて藤本さんを見たとき、その中性的な綺麗な顔立ちと、細身で均整の取れた体つきに一目で惹かれた。 その後も時々ひそかに藤本さんを観察していて、ぱっと見はさりげないのに実は細かいところに遊び心が見られるおしゃれな服装や、誰とでも打ち解けられる明るい性格や、後輩に目配りしてさりげなく手を貸してやる優しさなど、彼のよいところを見つけるたびにますます好きになっていった。 俺としては本気で藤本さんのことが好きだったけれども、だからと言って実際に藤本さんとどうにかなりたいなどと大それたことを考えていたわけではない。 藤本さんに彼女がいるという話は聞いたことがないが、それでもきっとノンケなのは間違いないだろう。 それに、もし万が一、幸運にも彼がゲイだったとしても、俺のように情けない男を──それも、こんな特殊な性癖を持つ男を、藤本さんのような素敵な人が好きになってくれるはずがない。 だから俺は、こうして毎日隣の部署で藤本さんの姿を眺められるだけで十分幸せだと、そう思っていたのだが。 俺がその特殊な性癖の一部を開放できる唯一の場所である、行きつけの女装バーに、突然藤本さんが現れた。 片思いの相手に、仕事のとき以上に情けない、こんなみっともない姿を見られるという事態に、俺の頭の中は真っ白になってしまった。 そんな俺の様子を見た藤本さんは、俺が会社にバラされると思っておびえていると思ったのだろう。 自分もゲイだから俺のことを会社にバラしたりはしないと、そう言ってくれた。 けれども俺は藤本さんがゲイであることを喜ぶ余裕すらなく、あまりのショックに固まったままで、藤本さんに返事すら出来ない。 そんな俺に焦れたのか、藤本さんは突然「めんどくさい!」と言い出して、俺を店の奥の個室へと連れて行った。 もしも俺が藤本さんが誤解しているように、藤本さんが俺が女装していたことを会社にバラしたり、そのことで俺を脅してくると思っておびえていたとしたら、藤本さんと二人きりで個室に入ることに危機感を覚えただろう。 けれども俺は藤本さんがそういう卑怯な人ではないことを知っていて、だから個室に入ることにも危険を感じたりはしなかった。 しかし、だからと言って、藤本さんが何のつもりで俺を個室に連れてきたのかもわからずにおろおろしていると、藤本さんは俺からスマホを取り上げ、そしていきなり俺の目の前でスラックスと下着を脱いでしまった。 そのまま、ベッドに腰掛けて自慰を始めた藤本さんの姿があまりにも衝撃的すぎて、俺はさっきとはまた別の意味で頭が真っ白になってしまった。 呆然としたまま藤本さんが自分の姿を俺のスマホのカメラに収めるのを眺めていると、藤本さんはそのままスマホを俺に返してくれた。 慌てて写真を確認すると、そこには今さっきまで目の前で繰り広げられていた痴態が余すことなく写っていた。 自分の持ち物であるスマホの中にその写真が保存されていたことで、俺はようやく、さっきまでのことが夢でも幻でなく現実だったのだと実感する。 同時に、さっきまで呆然としつつもしっかりと見ていた、藤本さんの中心でそそり立つモノの美しい形や、紅潮した頬や、色っぽい声が脳裏に再生されて、一気に体温が上がる。 そんな俺に、藤本さんはこの写真は藤本さんが俺のことを会社にバラさないための「保険」なのだと説明してくれた。 俺には最初からそんな「保険」が必要ないことはわかっていたけれども、せっかく藤本さんが俺が安心できるようにと撮ってくれたのだからと、遠慮なくもらっておくことにする。 ──たぶん、「保険」とは関係ないことにこっそり使ってしまうだろうけれど、それは許してもらおう。 そうやって目の前で藤本さんの痴態を見ることが出来、写真まで手に入れることが出来て、それだけでも俺にとっては夢のような出来事だったのだが、なんと藤本さんは俺をベッドに誘ってくれた。 すごく嬉しかった。 けれども同時に、無理だろうとも思った。 情けない話なのだが、俺はある理由から、女装した状態でないとセックスが出来ないというやっかいな性癖を持っていた。 しかも単なる女装癖ではなく、女装のくせにタチという、なんともやっかいな性癖だ。 これまで何度か出会い目的のゲイバーで出会った男と寝たことはあったが、普通の男の姿ではろくに勃たずにうまくいかず、かと言って女装姿だとネコ役を求められてしまうので抜き合い程度で終わってしまい満足を得られない。 藤本さんもきっと、俺が女装のままで、それも俺がタチ役でやりたいと言ったら、さすがに無理だと言うだろうと、そう思ったのだけれど。 それなのに藤本さんは、俺が女装のままでタチをやることを受け入れてくれた。 それだけでなく、俺のこの女装を「似合ってる」とまで言ってくれた。 正直、俺の女装は好きでしているというよりは、そうせずにはいられないからしているというものなので、それをほめられるのは微妙な気持ちではある。 それでも、藤本さんが「似合っている」と言ってくれたのは、藤本さんがこんな情けない俺を受け入れてくれたようで、ひどく嬉しかった。 それからのことは、正直、無我夢中でよく覚えていない。 藤本さんの美しい体と自らの欲望に忠実な誘いにあおられて、俺の方も欲望のままに彼のことをむさぼってしまったような気がする。 正直、藤本さんのことを感じさせようと努力する余裕などなく、どちらかといえば自分勝手な抱き方をしていたと思う。 それでも、藤本さんはちょっとは俺のことを気に入ってくれたらしく、また寝ようと誘ってくれた。 その提案に一も二もなくうなずき、その日は連絡先を交換してそのまま別れた。 翌朝目が覚めて、昨夜のことを思い出して、あまりにも俺に都合の良すぎる展開に、あれは夢だったのではないかと不安になった。 けれども、スマホを確認すると、そこには藤本さんの連絡先とあの素晴らしい写真が確かに残っていた。 俺はあれが現実だったという幸せを噛みしめて、それから藤本さんの写真に念入りにロックとパスワードをかけたのだった。

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