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6 待ち合わせ

そんなことがあっても、会社ではあいかわらず吉川と話すような機会はなかった。 けれども実際には話さなくても連絡先を交換していたので、無料通話アプリでやり取りをして、また金曜日にあの店で会うことになった。 一応は定時の1時間後に現地で待ち合わせということになっていたのだが、俺は密かにあいつ金曜日に残業せずに帰れるのか?と心配していた。 そして案の定、吉川は終業間際に同じ部署の女の子に残業を押しつけられたらしく、俺が会社を出るときもまだ必死にパソコンにかじりついたままで、帰ろうとする俺に泣きそうな顔で視線を送ってきた。 その表情にちょっと苦笑しながら、ここで下手に声をかけて他の人に吉川との関係を詮索されるのはお互いにとってどうかと思い、そのまま部屋を出て通話アプリでメッセージを送る。 「気にすんな。適当に時間つぶしてるから、終わったら連絡してくれ」というメッセージに、すぐに「すいません、出来るだけ急ぎます」という返事と土下座のスタンプが送られてきた。 なんとなくあいつらしいスタンプにちょっと笑ってから、俺はバーのある駅へと移動した。 食事をして駅近くの店をのぞいて時間をつぶしていると、1時間くらいたった頃に吉川から連絡があったのでバーへと向かった。 今日も相変わらず賑わっている女装バーに入ると、例の迫力のあるママが「いらっしゃいませ」と出迎えてくれて、カウンターへと手招きしてきた。 どっちみち今日は待ち合わせなので、おとなしくナンパ禁止のカウンター席に座ることにする。 「よっちゃんはさっき来て着替えに行っているわ。  部屋も取ってあるから先に入ってもらっててもいいけど、まだ時間がかかると思うから、よかったら一杯飲みませんか?」 「そうですね。じゃあ、一杯だけ」 注文した軽めのカクテルはすぐに出してもらえたが、その後もママは俺の前から動こうとせずに、興味深げな目つきで俺を眺めてきた。 「……なんですか?」 「あら、ごめんなさい。  あのよっちゃんを射止めた人にちょっと興味があって、つい」 どことなく楽しげな調子でそんなことを言われて、俺はあやうくカクテルを吹き出しそうになった。 「射止めたって……別にそんなんじゃありませんけど」 「あら、そうなの?  あのよっちゃんがわざわざ待ち合わせまでするなんて初めてだから、てっきり本命が出来たのかと思ったのに」 ママはそう驚いた後、こちらのことを探るような目つきになった。 「ハルさんはよっちゃんとは元々お知り合いだったのよね?」 「ええ、たまたま仕事関係で。  お互いにゲイとは知りませんでしたが」 「じゃあ、驚いたでしょ?  よっちゃんが女装しているの見て」 「それは驚きましたけどね。  けどまあ、似合ってたから、あれはあれでありかなと」 「ありって言うけど、でも、よっちゃんは……」 そう言いかけて、ママは口ごもった。 吉川のことで言いにくいこととなると、おそらく彼がタチであることだと予想できたが、一応こちらもぼかした言い方で答えることにする。 「ええっと、取りあえずこの前は彼の希望通りでやりましたよ。  俺の方はあんまりこだわりないんで、たぶん今後もそうなると思いますけど」 俺がそう言うと、ママは「まあ!」と嬉しそうな声を上げた。 「そう、そうだったの。  それは良かったわ。  よっちゃんって、このバーに最初に来たときから女装が板に付いてるっていうか、自分を女らしくみせるのがうまくて綺麗だったから、いろんな人に誘われてたのよね。  けどよっちゃんは、同じ女装姿の子は最初から相手にしなかったし、かといって男の格好の人でこういうところに来る人は、よっちゃんの希望とは違う役割を求めてくる人ばっかりでね。  そのうち、よっちゃんはカウンター席にしか座らなくなって、常連の人に『カウンターの花』とか呼ばれるようになっちゃって……」 そう語ったママは、まるで息子を心配する母親のような(男だが)顔をしていた。 会社では女性社員の母性本能をまったくくすぐっていない吉川だが、どうやらここではママの母性本能をくすぐっていたらしい。 「けど、ハルさんみたいな人が相手だったら、よっちゃんが『カウンターの花』を返上したくなったのもわかるわ。  やっぱりハルさんはよっちゃんの本命で間違いないわ!」 「そうですかね……」 自信満々で言い切るママに、俺は首をかしげる。 もしママの言うことが本当なら、俺だってまんざらでもない。 でも実際は、本命というよりは、今まで条件に合う相手に巡り会えなかったところに、たまたま俺が条件に合っていたのでこれ幸いと飛びついたっていうところではないかと思う。 「すいません、お待たせしました」 そんなことを考えているうちに支度を終えた吉川があらわれた。 今日の吉川は前側にフリルがたっぷりついたブラウスに、スーツのようなグレーのスカートを合わせている。 その姿は相変わらず似合っていたが、なんだか前回とは少し雰囲気が違っているような気がした。 「お前、なんか顔の感じが前と違う気が……。  あ、もしかして化粧してない? ……ってわけでもないよな……」 ちゃんと女らしい顔立ちに変わっているのだから化粧はしていると思うのだけれど、それでも前回とはかなり違う気がする。 俺が首を傾げていると、吉川はどこか女性らしい控えめな笑みを浮かべて教えてくれた。 「今日は眉と目とあと顔全体を少しだけ化粧してもらったんです。  ……その、口紅をつけたくなかったから」 小さな声でそう付け足して、恥ずかしそうに頬を染めた吉川を見て、やつが口紅をつけなかった理由がわかってしまった。 口紅を塗ってたら、俺がキスを嫌がるからか。 そうして本当に口紅を塗らずに来たのだから、まるで今夜はいっぱいキスしたいと宣言されているみたいだ。 そう気付くと、俺の方までなんだか照れくさくなる。 「さ、こんなところで話してないで、お部屋の方にどうぞ」 俺たち二人の様子をみて何を勘違いしたのか、ママはものすごく嬉しそうな顔で個室のキーを渡してきた。 「そうですね。ハルさん、行きましょう」 その勘違いを正す暇もなく、俺はママからキーを受け取った吉川に押されるようにして、カウンター席を後にした。

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