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side:吉川(6)

どうにか残業を終えた俺は、大急ぎで女装バーに向かった。 カウンターにいたママに奥の部屋の確保を頼み、後から藤本さんが来ることを伝えてからメイクルームに入る。 さすがに金曜日だけあって、ピークを過ぎた時間にもかかわらず、メイクルームは女装した男達でごった返していた。 このバーでは沢山の女装用の服やアクセサリーが用意されているだけではなく、ママのつてでバイトに入っている駆け出しのメイクアップアーティストやヘアメイクの専門学校生が本格的なメイクをしてくれるので、女装は好きだけど自分ではうまく化粧できないという男達に好評だ。 金曜日だけあって残っている洋服は少なかったが、幸い俺が好んで着るスーツ類はあまり人気がないので、まだいくつか残っていた。 けれども藤本さんがもう来ているかもしれないと思うと気が急いて、適当に目に付いたものを手に取って大急ぎで着替えるとメイクブースに移動した。 少し待たされた後メイクブースに座ると、俺の服装を見たメイクさんに「OL風のメイクにしますか?」と聞かれる。 「いえ、ナチュラルメイクにして口紅はなしでお願いします」 先日は口紅を塗っていたせいで藤本さんとキス出来なくて、それがすごく心残りだったので、今日は絶対口紅はつけないと決めていた。 あの後、もしかしたら口紅のキスが嫌というのは口実で、本当は恋人としかキスしない主義なんだろうかとか、俺とキスするのが嫌だっただけなんじゃとか色々と考えてしまったが、藤本さんはそういうことで嘘を言う人ではないはずなので、たぶん本当に口紅の感触が嫌いだというだけなのだろうと思う。 「あ、けど化粧自体が嫌いだったらどうしよう……」 心配になって 俺は、つい思ったことを口にしてしまい、鏡の前で赤くなる。 「やっぱりメイクはなしで……。  あ、いやでも、それはちょっと……」 口紅が苦手だというのだから、メイク自体をやめられればその方がいいに決まっている。 けれども女物の服を着てウイッグをつけるだけでは、完全な女装とは言えないのだ。 メイクをしていない、この男そのものの素顔を晒したままで藤本さんとセックスする自信はないし、下手をしたらまともに会話出来るかどうかすら怪しい。 鏡の前で俺が迷っていると、メイクさんは俺の後ろで口を押さえて笑うのを必死に我慢していた。 鏡越しに目が合ったのに気付いたのか、メイクさんは「ごめんなさい」と謝った後、プロらしく建設的なアドバイスをしてくれた。 「眉をつぶして描き直すのとアイメイクだけしっかりやって、ベースメイクはクリームファンデを薄めに塗るだけにしてみましょうか。  クリームファンデは、見た目も触った感じもパウダーよりはお化粧している感じがしませんから。  カバー力が低いのが難点なんですけど、お客様はきちんとお肌手入れしていらっしゃいますし、ひげも薄いからいけると思います」 「あ、じゃあそれでお願いします」 「わかりました」 そうしてメイクさんが化粧を始めると、男にしか見えない俺の顔は、徐々に女装しても違和感のない顔に近づいていった。 鏡の中で少しずつ変わっていく自分を見ていると、だんだんと藤本さんの前に立つ自信が湧いてくる。 そしていつの間にか、俺は化粧をしてもらいながら、今日はどんなふうにして藤本さんを抱こうかと考えるほどの余裕が出てきていた。

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