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8 吉川の秘密

結局あれから、吉川とはほぼ毎週末のように会ってセックスしている。 今日など、金曜日の夜に互いの都合がつかずに俺が残念がっていたら、吉川の方から土曜日に会おうと提案してきて会うことになった。 わざわざ休みの日に出てきて会おうと誘う吉川も吉川だが、その誘いに乗る俺もたいがいだ。 いつものバーで待ち合わせて、いつものように個室で濃密な時を過ごす。 今日も十分に満足してベッドから起き上がると、それぞれ服を身につけ始めた。 吉川は俺がはずしたブラウスのボタンを元通りにはめている。 綺麗な腹筋が隠れてしまうのが惜しいと思いつつ、自分も脱がされた服を着ながら吉川に話しかけた。 「なあ、思ったんだけど、毎回このバーじゃなくて、時々は他のところで会わないか?  俺は部屋代だけだからいいけど、お前は衣装のレンタル代もかかるから、こう毎週だと結構きついだろ?」 このバーは特殊な趣味の人間を相手にしているだけあって、個室の使用料は周辺のラブホの相場よりも高い、強気の価格設定だ。 衣装のレンタル代の方も、メイク料込みということもあって結構いい値段らしい。 年齢的に吉川の給料は俺より安いはずなので、せめて部屋代は俺が持つと言ったこともあるのだが、吉川は女装しているのは自分の都合だからと譲らなかったので、結局部屋代はワリカンにしている状態だ。 「お前が女装でヤルの好きなのはわかるけどさ。  女装はたまのお楽しみってことにして、普段はホテルとかお前の部屋とかで普通にやらないか?  俺の部屋が使えればいいんだけど、俺の部屋は壁が薄いからちょっとな」 俺の部屋は学生の時からそのまま住んでいる古いアパートなので、音や声が隣に筒抜けなのだ。 今までの一夜限りの相手とはホテルを使っていたので特に不自由を感じなかったが、こうなるともう少しましな部屋に引っ越しておくべきだったと思う。 「それは……」 俺の提案に、吉川は戸惑う様子を見せる。 その様子に俺は、ちょっと早まったかと後悔し始める。 俺がいきなりこんな提案をしたのは、吉川の金銭面の心配をしたのもあるが、できれば女装姿の吉川だけではなく男の姿の吉川ともヤリたいという下心があったからだ。 元々吉川がこうして俺と寝るようになったのは、俺が女装姿の吉川に抱かれてもいいという、吉川にとって都合のいい相手だからということはわかってはいる。 それでもこうやって毎週会っているからには、それだけではなく俺とのセックス自体が気に入っているということもあるのだろうと、だから女装無しでもセックスしてくれるだろうと期待していたのだが、どうやらそれは俺のうぬぼれだったらしい。 「悪い。  お前が嫌ならこのままでいいや。忘れてくれ」 ちょっとがっかりしながら俺がそう言うと、吉川は慌てて言い返してきた。 「いえ! 嫌というわけではないんです!  出来るなら俺だって普通にやりたいんです。  ……けど俺、女装じゃないと出来なくて」 「……え?」 「情けない話なんですけど、男の格好のままだと駄目なんです。  うまく出来なかったらどうしようとか、相手はちゃんと気持ちよくなってるんだろうかとか、色々と不安になってしまって、結局勃たなくって……。  女装してると、なんていうか、自分に自信が持てるので、そんなふうに不安にならずに普通に出来るんですけど……」 予想もしていなかった吉川の告白には、正直驚くしかなかった。 吉川がいつも女装しているのは、着衣のままヤルのが好きとか、後ろからの方が燃えるとか、そういう性癖の一種なのだと思っていて、まさか女装していないと出来ないという深刻な事態だとは思ってもみなかった。 ということは、セックスの時は普段と違って男っぽくていいなと思ってたけど、あれはセックスしているからというよりは、女装しているからだったのか。 そう気付いてしまうと、どうにも複雑な気分だ。 「そうだったのか……。  何て言うか、知らずに余計なこと言って悪かったな」 「いえ、ハルさんは悪くないです。  俺の方こそ、こんなですいません……」 「いや、俺は別に困ってないし、いいんだけどさ。  けどさ、いったい何でそんなことになったのか、聞いてもいいか?」 「はい」 吉川はうなずくと、部屋の時計をちらりと見てから座った。 同じように時計を確認すると、部屋を借りている終了時間にはまだ少し余裕があったので、俺もベッドに座る。 「うちの家族、俺以外は全部女なんです。  母と、姉が4人いて。  父が早くに亡くなったので、母が美容院をやって俺たちを育ててくれて、姉たちもみな高校卒業後は美容師の免許を取って母の店で働いていて、今では店も大きくなって、支店も出すくらい繁盛しています。  母も姉たちも、明るくて人付き合いがよくて積極的な性格なのに、それに引き替え俺は、子供の頃からずっと、気が小さくて人ともうまく話せないような、情けないやつで……。  仕事だって、みんなと同じように美容師になりたかったのに、俺は手先が不器用だし接客もうまく出来そうになくて諦めるしかなくて……。  ずっと、母や姉のようになりたいと思いながらも、あんなふうにはなれなくて、いつも小さくなっていました。  それが、学生時代に自分が男しか好きになれないと気付いてゲイバーに出入りするようになって、そこで女装することを覚えたことで変わったんです。  女装して、形だけでも母や姉のような仕事が出来る女性の姿になることで、その間だけは自分に自信が持てるようになったし、人とも普通に話せるようになりました。  とはいっても、普段の俺は、あいかわらず気が弱くて人ともうまく話せなくて、情けなくて駄目な俺のままなんですけど……」 「……普段のお前も、駄目ってことはないだろう。  確かに気は弱いかもしれないけど、仕事は出来るって聞いてるし、そもそもうちの会社に入社出来たんだから自分を卑下する必要はないと思うぞ。  俺の時はまだそうでもなかったけど、お前が就職活動していた時はうちの会社、かなり人気あっただろ?」 なんとか吉川を元気づけたくて俺はそう言ったのだが、吉川はなぜかいっそう情けない顔になった。 「実は……うちの会社の面接の時、スーツの中に女性用の下着とストッキングを着けてたんです。  それまで何社も面接で落ちまくって、やけくそになってて、いっそ女装してやれと思って。  それで、面接の時もなんとか普通に受け答えできて内定をもらえたんですけど、でもまさか、入社してからも毎日女性物の下着を着けるわけにはいかないし……」 「あー……」 確かに、あの調子でよく面接通ったなとは思っていたのだ。 こう言っては何だが、面接の時に下着だけでも女装していたと言うのなら、吉川が入社できたのも納得できる。 「ま、まあ、面接のことはともかくとして、仕事が出来るってのは間違ってないんだから、そんなに落ち込むなよ。  それに、女装してる時はこれだけ話せるんだから、今すぐには無理でも、そのうちに普段もちゃんと話せるようになるって」 「そうだといいんですけど……」 そう言うと吉川は自信なさげにため息をついた。 「ああ、それと話を戻しますけど、申し訳ないんですが、俺の部屋で会うっていうのもちょっと厳しいです。  うち、姉が連絡もせずに来ることが結構あるので……。  しなくていいって言ってるんですけど、俺がいない間に来て掃除していったりすることもあるので、うかつにうちに女装の道具も置いておけないくらいなんで」 吉川の話を聞いていて、こいつマザコンでシスコンだなとは思ったのだが、どうやら吉川のお姉さんの方もブラコンの()があるらしい。 まあ、最近では俺でもこいつの情けない顔にないはずの母性本能をくすぐられることがあるくらいなのだから、身内ならばなおのこと仕方ないとは思うが。 「そうか……。  そういう事情なら女装の道具は俺が預かってもいいけど、一式買いそろえて、その上にホテル代がかかること考えると、このままこのバーで会うのと大して変わらないな。  それに、ここの方が上手にメイクしてもらえるだろうし」 「そうですね……すいません」 「だから謝らなくていいって」 そう言いながらふと時計に目をやると、そろそろ時間が迫っていた。 「そろそろ時間だから出ようぜ。  よかったら、カウンターでちょっと飲んでいかないか?」 そう誘うと吉川は「いいですね」と答えて、ちょっと微笑んだ。 吉川の表情が明るくなったことに安堵しつつ、俺は吉川の背中を押して、個室を後にした。

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