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嘉平
如月が嘉平を連れて訪れたのは和泉屋だった。湯浴みをさせると言っていたが、ここでするのだろうか。どこか風呂屋に行くと思っていた。こんな小汚ない自分を、和泉屋に入れるとは到底思えなかった。
「いいんですか?私みたいなのをここにいれて」
「いいんだ。今や和泉屋の中で俺に意見を言えるのは、楼主を除いて誰もいない。意見を言える楼主も、今は床に臥せっている。だから気にするな」
如月は、嘉平を大事そうに抱えあげ直すと和泉屋の暖簾を潜った。出迎えたのは、嘉平をいつも追い返そうとしていた女だった。嘉平の姿を見て一瞬嫌な顔をしたが、意見を言うことなく頭を下げた。
如月の言っていたことは本当だった。誰も、嘉平を連れている如月に意見を言わなかった。嫌悪そうに見ていたり、不思議そうに見ていたり。いろんな視線に出会ったが、不思議と不快感がなかった。
「おっきい」
風呂場についた嘉平は、着ていた着物をすべて脱がされた。そしてよくよく中を見てみれば、それはもう広く綺麗な風呂場だった。風呂屋にあるような風呂よりも、幾分か大きい風呂。そこに、天窓から入る月明かりがまた美しい。
目を奪われたように動かない嘉平の手を引いて、同じように裸になった如月が風呂の中に入る。
本当なら、湯に浸かる前に身体を洗い流した方がいいが、それ以前に嘉平の身体は冷えすぎていた。その為、如月は綺麗にするよりも先に暖める方を選んだ。
最初、嘉平は汚いまま湯に浸かるのを抵抗したが身体が暖まっていくと次第に抵抗も止めた。
しばらくは湯に浸かったまま嘉平の身体の汚れを落とした。汚れを落とそうとする如月の手の動きくすぐったさを感じたが、じっとそれに耐えた。時おり、自分の口から漏れる甘い声を聞きながら、これからの仕事でこんな声が普段から自分に出せるのだろうかと少し不安になった。
「嘉平?」
少し沈んだ顔をした嘉平の名前を呼んだ。呼べば、はっとした顔になり慌てて笑みを見せて如月の方を見る。嘉平は、ここがどういう店なのか知っているのだ。そこで買われた自分が、どういうことをしていくかというのも。
如月には、それが十分分かっていた。だから大丈夫と言う意味を込めて手を握る。
「心配するな、嘉平」
「如月さん?」
「お前には、30両分働いてもらうと言ったが、心配するな」
ここで一旦如月は言葉を切った。そして湯の中で、嘉平が自分を向くように身体を動かした。
「お前が客の相手をするのは、今夜限りだ」
正面から伝えられた如月の言葉の意味を、嘉平は理解することが出来なかった。
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