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鬼月

ゆさゆさと身体を揺すられ、ゆっくりと閉じていた瞳を開けば顔を顰めた如月がいた。何かやらかしただろうか。寝起きでぼんやりとしてる中思い出してみるが、している記憶しかない。何がダメだった?あれか?昨日の男の客を途中で追い出したことか、それとも女を払われた金以上にいろいろとやったことか。何にせよ、悪いことしか鬼月は思い出せなかった。 「………………なに?」 「別に。もう午の刻を過ぎて羊の刻になったからな。起こせと楼主が煩いんだよ」 「嘘。今日、午の刻に新しい着物買ってくれるって約束してもらったのに、忘れてたわ」 浅葱との約束を思いだし、のそりと起き上がる。昨日、最後の客の相手をしてそのまま眠っていたらしく、鬼月は何も着ていなかった。そして身体中に残る事情の痕。背中に引っ掻き傷もあれば、手首には縛られた痕があった。 そんな鬼月の姿を見て如月はただ呆れる。だが、これが鬼月の仕事だ。それを分かっているからこそ、無造作に置いてあった着物を肩にかけるぐらいの優しさは見せた。 「昨日、最後の客の女と楽しみすぎだ。婆さんが楼主に愚痴ってたぞ」 「あー、そこは大丈夫。俺を怒って俺が働かなくなったら、困るの浅葱さんだから」 それもそのはず。この遊郭【和泉屋】で、鬼月の存在は異例中の異例だった。男の相手もするし、女の相手もする。俗に言う両刀使いというものだ。そして、和泉屋で働く男娼は鬼月一人だけ。しかも一番人気ときた。 そんな存在である鬼月に、浅葱もきつく言えないのだろう。どんなことをやっても、基本的怒られたりはしない。和泉屋から逃げ出したときは、3日間仕置き部屋に入れられいたぶられたが。 鬼月は、自分の存在意義を十分に理解している。 そもそも、鬼月が和泉屋に身を置くようになったのは十七のころ。屑みたいな生活をしていた時、浅葱に拾われた。夜の世界で生きるには遅い歳だったが、鬼月はそんなものを感じさせることはなかった。 和泉屋に来てふた月も経てば、鬼月自身で客を選べるほどの地位に上り詰めた。最初の頃は遊女達からのやっかみが多かったが、ここまで上り詰めた鬼月をみなが認めた。今では、自分達をよく理解してくれるいい兄貴分だと、遊女の間でも人気だった。それもあってか、鬼月は我が儘を言っても基本的許されている。 「我が儘もほどほどにしておけよ。仕置き部屋に入れられたら、今度こそ助けないからな」 「あー、いいよ助けなくて。俺、意外と浅葱さんのお仕置き好きだし。最近さ、客のおっさん下手な人ばっかでつまんないところだったし」 もしかしたら、約束を破ったから今回は入れられるかも。そんなことを考えながら、ゆっくりと立ち上がった。それを待っていたかのように如月は鬼月に近づいて、先程肩にかけた着物の前を合わせて軽く帯紐を締めた。 「それより、明日だぞ」 「ん?明日、なんかあったっけ?」 「………………ひと月が終わる。また麻袋の男が来るだろう」 「あぁ。もうそんな経ったんだ」 そう言うと、鬼月は笑った。何事にも動じない如月が、見たくないと言うように視線をそらす。 「来るかな、明日」 「来るだろう。小さく切った汚い麻袋に、銭を詰めて」 そうだよね。 如月の言葉に心の中で頷く。 「もう下がって、如月」 如月に部屋を出るよう言う。如月は鬼月の世話係だ。基本的、鬼月の言葉には逆らわない。 一度鬼月に頭を下げて、部屋を出た。さっさと出てこいよと言うかのように、障子は開けたままにして。 如月の姿が完全に見えなくなったのを確認して、鬼月は部屋に置いてある箱をそっと開けた。誰にも触れさせたことのない、鬼月の宝物が入った箱。 そこには、小さく汚い麻袋が7つ入っていた。

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