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第12話 きらいだとも -2
「……ああ、じゃあまた後で」
時間と場所だけ決めて、さっさと通話を終わらせる。さて時間までどうしてようかと考えていると、バサリと机に置かれた資料の山。なんのつもりだと顔を上げれば、白い目をした樋口が立っていた。
「それ、追加です委員長」
「はあ?」
「まだ約束までお暇なようなので、よろしくお願いしますね」
「人の電話聞いてんじゃねぇよ」
「こんなところで電話しといてアホですか。っていうかですね……」
呆れたように言った樋口は、さらになにか言おうとして躊躇する。なんだと久谷が眉を寄せれば、一瞬周りを窺ったあと、彼は周りに聞こえないように腰を屈めて顔を寄せてきた。
「……委員長、なんでまたそのスマホ、使ってるんですか?」
「ああ?」
「会長はどうしたんですか……なんでまた、セフレなんか」
不満げにする部下に不審そうに眉を寄せたあと、久谷はふいに彼の言葉を思い出して「あ」と声を上げた。そういえば以前、樋口に、自分の気持ちに素直になれというようなことを言われた覚えがあった。あの時はよくわからなかったが、今ならその意味がよくわかる。
しかし、桐生への気持ちが樋口に先に知られていただなんて、なんだか癪に触った。おまけに思わせぶりなことを言っているくせに、気づくきっかけになるどころか思い出しもしなかった存在感の薄さ。本当に使えないな、と先に気持ちを気づかれていたことへの八つ当たりのように思う。
「別にセフレと遊んでるわけじゃねえよ」
「……と、言いますと?」
「なんでもいいだろ。セフレ切ってるだけだ。つかいちいち首突っ込むんじゃねえ!」
至近距離で「嘘だあ」と大袈裟な表情をする腹立たしい顔を、上からガンと押さえつける。いたいいたいと悲鳴を上げて逃げ出す樋口にニヤリと笑ってやれば、涙目になりながら睨まれた。
「気にならないわけないじゃないですか! 委員長とあの人だなんて! 気になりすぎる!」
「てめえには関係ねえんだよ」
「この間はせっかくアドバイスしてあげたのに!」
「あんなんアドバイスになるか使えねえ」
いきなり言い合いを始めた二人に驚いて、目を向けてくる他の委員たち。もうこそこそと話すのをやめた樋口は、しかし気を使ってか桐生の名前だけは頑なに出さない。それがまた周りの好奇心を刺激している気もしないでもないけれど。しかし久谷としても、自らモーションをかける前に噂で気持ちを知られてしまうのはいただけないので、その気遣いはありがたかった。
「えっでも気づいたんですよね?」
「気づいたから他を切ってんだろうが。でもこれっぽっちもてめえのおかげじゃねえからな」
「うわ、でも気づいたんだ。あの委員長が。しかも認めるって、うわー!」
「てめえふざけんなその顔潰すぞ!」
ニヤニヤと愉快そうに顔を緩め、新しい玩具を見つけた子供のように目を輝かせ始めた樋口に思わず怒鳴る。立ち上がって胸ぐらを掴もうと伸ばした手は、しかし身の危険を察知してひょいと一歩遠退かれたせいで空を切る。腰を半端に浮かせた体勢のまま睨み上げたところで、自分が見事に挑発に乗っていることに気づき、久谷は苛立ちのままにぼすんと椅子に沈み直した。
なにをやっているんだ、アホらしい。むきになっている自分に呆れながらため息を吐いていると、さっきまで逃げて遠退いていた体が、なにか思い出したように今度は自分から近づいてきた。
「あーでもそうだ委員長、一つだけ」
「あ?」
「……桐生会長、最近自分んとこの親衛隊とお盛んって噂ですけど、大丈夫ですか?」
こっそりと耳打ちされた言葉。隠してくれるのはありがたいけれど、この距離間はどうにかならないのか、と腕で無理やり引き剥がす。
わざわざ樋口に言われなくとも、そのくらい嫌と言うほど知っていた。そもそも桐生の情報を逃すわけがないし、おまけにセフレ用から普通のスマホへと移った唯一の名前からのメールが、聞いてもないのに教えてくれるから。なにが、今回の彼が会長の本命かもしれないから僕にしときませんか、だ。久谷は小さく舌打ちをした。
「それこそてめえにゃ関係ねえだろ! 散れ!」
あの鬱陶しいメールの文面まで思い出して沸々とした久谷は、1.5倍くらいにまでなった苛立ちのままに怒鳴りつける。野次馬精神で聞き耳を立てていますというのがあからさまな他の委員たちにも睨みをきかせれば、すぐに慌てたように書類を捲る音が部屋に満ちた。まったく、こいつらは。
しかし怒鳴られた張本人だけはすぐには仕事に戻らない。ムッとした表情になると、必要以上にぶつけられた苛立ちを返すかのように喚き始めた。
「あーもうわかりましたよ! そうですよどうせ俺は関係ないし! 委員長なんてそうやってノロノロしてる間に盗られちゃえばいいんですよ!」
「てめっ!」
「いくら努力したって相手に伝わんなきゃ意味ないんですからね! 恋愛は特に! 恋愛スキルゼロのヤリチン委員長様!」
「うるっせえ黙れ! さっさと仕事しやがれこのドアホ!」
えっ恋愛!? あの久谷委員長が恋愛!? と、はっきりと言葉にされたそれにもう誤魔化すふりもやめて顔を上げる部下たち。思い切り爆弾を投下して満足したのか、久谷の言葉に今度こそ「はいはい降参」と口に出しながら樋口は席へ戻っていく。それを恨みがましく睨みつけるもまったく堪えた様子がなく、苛立ちだけが募るだけで。その募ったものをぶつける相手を机に決めた久谷は、ガァン! と目の前の木の塊を蹴り、見せ物の終わりを告げた。
すごすごと仕事に戻る部下を見ながら、まだ苛立ち収まらぬまま乱暴に書類を取る。追加された書類はすべて生徒会関連のもので。目を通せば嫌でも目に入ってくる名前に、久谷は小さくため息を吐いた。
こんな悠長なことをしている間に、桐生がなにをしていたのか。桐生になにが迫っていたのか。それを知らなかった久谷は、なぜ樋口の言葉をよく聞いておかなかったのか、のちのち後悔することになる。
相手に伝わらなければ意味がない。
それがどれだけ大切なことなのか、久谷はこのとき、少しもわかっていなかった。
第12話 きらいだとも 完
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