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第4話 きらいというよりむしろ

 荒い息だけが部屋に響いていた。あえて喋らないようにしている相手に焦れたように、桐生は熱い吐息を吐き出した。 「はっ、あ……くそ、やっ」 「んなこと言って、期待してんだろ?」 「この悪趣味野郎が……!」  視界を奪われ不安だろうに、あくまで減らず口を叩くのにニヤリと笑う。切なげに身悶えるその様子に、久谷は堪らず唇を舐めた。  見えない中で触られることを期待しているのか、健気にぷくりと膨れている突起。触ってと強請っているかのように主張している小さな乳首に、そっと指を沿わせる。すると優しく触れたはずなのに、しなやかな筋肉に包まれた体は怯えたようにビクリと震えた。 「ひっ、あ、や、やだ、くたに……っ!」 「んな怯えんなって。ほら、ここはぷっくり勃ってきたぜ?」 「そこばっか、触んな!」 「ははっ、すげえ敏感」  二人以外には誰もいない風紀委員室。  日常的に使っている我城で、非日常的な行為に耽る。この風紀委員長席の上は久谷のお気に入りのスポットで、前にもここで他のセフレたちとヤったことはあった。しかし今自分の上に乗っているのがこの生徒会長だというだけでこんなにも背徳的に感じるのは、この男の麗しすぎる容姿ゆえか。お世辞にも女らしいとは言えない見た目は、しかしこうして男のモノを咥えて身悶え震えるとなると、見ていられないほどに扇情的で。この完璧すぎる男前が自ら男に跨がって腰を振って善がる姿は、あまりにも倒錯的すぎた。  それになにせ、今は。 「も、これ外せえ……!」 「いいじゃねぇか、見えなくてお前もいつもより敏感になってんだろ」 「あ、やめ、あああっ」  嫌がる桐生に無理やり目隠しをして、騎上位をさせているのだから。  先ほどから乳首ばかりを弄って焦らしていた手で唐突に桐生のモノを撫でれば、彼は大袈裟に震えて仰け反った。逃げをうつ腰を捕まえて、先走りでどろどろのソレを無理やりぐちゅぐちゅと可愛がってやる。  逃げようと自ら動いてしまったせいで中が擦れ、外からも遠慮のない刺激が与えられる。どちらともからの快感に均整のとれた綺麗な体ががくがくと震える。その様子に、久谷は熱い息を吐いた。 「あ、やめ、くそ、も、あ」 「ヤ、じゃねぇだろうが! おらっ」 「っひ! あ、あ、やああっ」  久谷の肩に突いた腕を突っ張り、嫌だと首を振る素直じゃない男の腰を突き上げる。その途端、突っ張っていた腕が助けを求めるように縋ってきて、久谷の口元がにんまりと緩んだ。こんなに目に上手い肴を前にして、ニヤけるなという方が無理な話だった。  じわりと濃く変色した目隠し。それがまた卑猥さを演出していたが、同時に涙を湛えた瞳を見られない口惜しさもあった。きっとあの下の瞳は、隠しようもなく快感に濡れていることだろう。その想像だけで昂ぶりながら、久谷は悲鳴のような矯声をあげる体を遠慮なく突き上げる。  桐生とヤるのは、これだから困るのだ。いくらヤっても、もっともっとと更に渇いている気がして。満たされるはずの行為で、更に飢えている気がして。どう考えてもヤバイ奴にハマったよなあと思いつつもやめる気などさらさらない久谷は、乾いた唇をぺろりと舐めた。  桐生会長の情事の噂は、何度か聞いたことがあった。  曰く、ネコタチ拘らぬ快楽主義者。どちらであっても主導権は手放さない。  だから、ネコの時は特に騎上位を好んだらしい。上に乗っかり、相手には触らせずに一方的に翻弄する。相手に翻弄されるなど有りえない。たとえボトムであったとしても、あくまでも王様であり続ける。そうでなければ桐生ではないとさえ言われる――そんな、男が。  俺の上で、涙を流して啼いている。  助けを求めて、俺だけに縋ってくる。  こんなにも満たされることはない。こんなにも渇くこともない。  やめろ、はなせと詰り、切なげに体を震わせながら、悔しそうに歯を食い縛る。そうしてあくまで王様であろうとするこの男の仮面を剥ぎ取り、すべてを晒け出させてやりたくなってしまう。自分だけに晒さ出させて、自分だけのものしたくなった。  最初は面白い余興のようなもののつもりだった。自分に引けを取らない、むしろ男として上を行きかねない、そんな男を抱くのも、また一興。そんなお試しのような軽い気持ちで専属契約した久谷の予想とは裏腹に、桐生という男は、どうしようもなく男の独占欲を煽る男だった。久谷はそれに、まんまと嵌りこんでしまっていた。 「は、あ、うああっ」 「ココがいいんだよな?」 「や、ソコ、やめ、あ、ああ――ッ」  熟知しているイイところをごりごりと擦り上げる。耐えられない、というようにくんと伸びる綺麗な首筋。無防備に晒され、ひくひくと震える綺麗な喉があまりにも美味しそうで、思わずがぶりと喰らいつく。途端、桐生は反射のようにびゅくっと僅かに白濁を吐き出した。 「はっ、はー……ふ、は…」 「ははっ……思わずイっちまったか」 「る、せえ……」  可愛くないことを言いながら肩で荒く息をする桐生の顔がどうしても見たくなって、ついに目隠しを取ってやる。するとようやく布の奥から現れた瞳は、ぐずぐずと快楽に濡れ、赤く染まった目尻が酷く艶やかで。自分が想像していた比ではない、予想以上の表情に、久谷は唾を飲み込んだ。 「……お疲れのとこ悪いが、俺はまだイけてないからやめねえよ? 最後までちゃんと付き合ってくれるんだろうな?」 「……誰も、限界だなんて言ってねえ。てめえが俺に付き合うんだろ、調子に乗るな」 「っは、上等……!」  ああ、これだから。それでもまだ、凛として立ち向かってくるものだから。だから、際限なく求めてしまうのだ。  今まではこんなことはなかった。どんな人間が相手であろうと、適度に性欲が満たされればそれでよかった。それこそが正しくセフレだ。それ以上でも以下でもない存在であるべきなのに。  だというのに、今はどうだ。もう、そんな悠長なことは言ってらいられなかった。どこまでも求めて、どこまでも求めさせたい。欲は渇きは、募るばかりで、一向に満たされる気配を見せてくれない。だからまるで、獣のようなセックスになってしまうのだ。  自覚がありながらも、どう足掻いたって止められない性欲に苦笑しつつ、生意気な口を黙らせるべく腰の動きを再開する。途端、さっきの台詞を言ったのと同じ口が発する甘い啼き声に、久谷はどうしようもなく満たされるのを感じた。 *** 「信じらんねえ。くっそ腰いてえんだが」 「そりゃお前が煽るからだろうが」 「つーかそもそもここでヤろうって言い出したのはてめえだろ! って、あ……」 「ん?」  夕方から背徳の限りを尽くし、そろそろ警備員が回ってくるであろう時間。少し休んでどうにかこうにか動けるようになった桐生と共に、久谷は風紀委員室を出る。ぶつくさと文句を言う会長様にはいはいと答えながら施錠していたら、ふいに彼が微妙な声を出して。どうしたのかと顔を上げた久谷は、彼の視線の先へと目を動かす。そうしてその視界に写ったのは。 「久谷様……桐生様……」  愕然とした表情で、こちらを見つめる一般生徒。  いや、正確に言えば、彼はただの一般生徒ではなかった。なぜなら、彼の顔と名前を、久谷は確かに知っていたから。  久谷が覚えている一般生など、ほとんどは風紀に頻繁に厄介になるFクラスの不良か、もしくは久谷を崇めるファンクラブの幹部くらいである。果たして彼は、後者であった。  親衛隊を作ってはならないというルールのある風紀委員長の、ファンクラブという名のセフレ集団の仕切り役、だった男。つまりセフレ歴の一番長い人物というわけだった。とはいえ、久谷は先日そのセフレすべてを切ってしまっていたのだけれど。 「よお雨宮(あまみや)、久しぶりだな。こんな時間にどうしたんだ?」 「っあ、いえ、久谷様に久々にお会いできないかなーと、思ったんですけど」 「俺に?」 「あの……あ、えっと、久谷様が大丈夫なら、問題ないんです、はい」  久谷の問いかけに焦ったようにしどろもどろする彼に、すぐになるほどと合点がいく。きっと彼は、今までのように久谷に抱いてもらえはしないかと、ここで待っていたのだろう。偶然を装ってここで待ち、あわよくば一緒に帰ってセックスをしよう、と。  こちらのためのようなことを言っているが、突然のセフレ切りに我慢できなくなったのは彼、雨宮の方だ。そもそも執着もなにもない、ただセックスするためだけの集団だった。お互いそれを了承したうえでの関係だったはずだから、こんな事態が起こるなどあり得ないはずなのだけれど。  つまりたとえ桐生だけで満足していなかったところで、どうせ終わっていた仲だったのだ。今よりももう少し持ったにせよ、結局は執着心が膨らみすぎている彼を傍に置くのは近いうちにやめていただろう。性欲を満たすためのセフレなのだ。面倒な事はごめんだった。 「会長様、だったのですね……」 「あっ、いや」 「ああ、俺のパートナーはもうこいつだけになったんだ。俺たちはこれから帰るし、お前もそろそろ帰れよ」 「ちょ、久谷!」  わざとらしく桐生の肩を抱いて笑ってやる。嫌がってすぐに逃げられてしまったが、それだけでも効果は抜群だったようで、雨宮の顔面からみるみるうちに血の気が失せていった。 「っ、失礼します……!」 「あっ、おい!」  逃げるように駆けだした小さな体。関係ないはずの桐生がそれに声を掛けていたが、久谷はそれを、自分でも驚くほど冷たく見つめていた。  厄介事は避けられた。そのうえ少しだけ満たされた独占欲に、どこか優越感すらあった。一石二鳥だったなと機嫌よく隣を見た久谷だったが、しかし桐生はなぜか、どちらかというと不機嫌な表情をしていて。 「おい、どうした?」 「……あれでよかったのか?」 「は?」 「あの手のタイプは、簡単に引き下がれるようなタイプじゃないだろ。あんな煽るように追い返して、大丈夫だったのか?」 「あー……」  桐生の言葉に、久谷は眉を寄せた。  確かに彼は粘着質そうなタイプだった。今までの印象はそうではなかったはずだが、あれは彼の本性が鳴りを潜めていただけだったらしい。  風紀委員長という立場上、そういう奴らと話さなければならない機会はよくあった。大抵は自分だけの正義を掲げ、誰かのためという大義名分を振りかざし、我を押し通そうとするやつら。そのような奴らには現実を突きつけたところで、逆に刺激を与えて激昂させてしまうことの方が多い。そこですんなり引き下がれるなら、もともと食い下がることはないのだから。  それを考えると、確かに追い払い方を間違えたのかもしれない。そう思った瞬間、適当に一斉送信したメールが脳裏に思い出されてふと不安になった。久谷が僅かに眉を寄せると、しかし隣で桐生がふっと軽く息を吐く。そうしてどうでもよさそうに、一言呟いた。 「ま、大丈夫か」 「ん?」 「だって、あいつがなんかしようとしたって、対象は俺らだぜ? だったら大丈夫だろ」 「あー……まあ、確かに」  気にも留めていないようにあっけらかんとして言われた言葉に、久谷も頷く。言われてみれば、確かにそうだった。復讐でも制裁でもしようとして、この学園において、久谷と桐生ほどやりにくい相手もいないだろう。やれるものならやってみろという話だった。  そう納得して一つ頷くと、久谷はすぐに思考を投げ出し、隣にあった腰を抱いた。ぎくりとしてこちらを見る、当然まだダメージの回復しきっていない桐生。その引き攣った表情に口角を吊り上げる。  さて帰ってもうワンラウンドと意気込む久谷の頭からは、さっきまでの懸念はもうすっかり消え去っていた。 第4話 きらいというよりむしろ(きにいってるほうだ) 完

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