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第8話 きらいなんだと -2

 懸命に奉仕してくる男の髪を適当に撫でながら、こんな時でも考えるのは、考えてしまうのは、どうしたって桐生のことで。 (――もしこれが、桐生だったら)  いただきますなんて、萎えるような悪趣味な言葉は言わない。こんなにも旨そうにしゃぶるわけがない。奉仕になんて慣れていない彼は、きっと最初は戸惑い躊躇するに違いない。  それでもきっと、嫌だとは言わないのだ。思い切りのいい男だから、最初は戸惑いながらも恐る恐る口を付け、そして覚悟したように一気に咥える。そうして拙い動きでどうにか刺激しようとし、けれど上手くできなくて噎せるだろう。  手伝うという名目で頭を捕まえて、思い切り腰を動かしてやってもいい。いわゆるイラマチオというやつか。突然のことに驚き逃げようともがき、しかし逃げられずにえずいて涙目になる様は、きっとなにより、そそられる。  しかしそこまで考えたと同時に、ぐわっと下半身に熱が集まるのがわかって。一気に膨張するソレに、久谷は咄嗟に歯を食い縛った。 (サイアクだ――……!)  しかしどれだけ慌てようと、咥えられている以上それが伝わらないわけもなく。当然気づいたように、雨宮の口の動きが一気に激しくなった。  下半身から鋭く広がる快感に眉を顰める。一心不乱に咥え込んでいる雨宮の頭を両手で掴み、無理やり引き剥がした。 「チッ、もういい……!」 「ん、んむあっ」  切なげな声を発して名残惜しそうに追いかけようとする小さな口から、完全に勃ち上がったモノがずるりと出てきた。愚かすぎる思考と正直すぎる体に苛立ちを隠せない久谷を、しゃぶっていただけで一人で興奮していたらしい雨宮の濡れた瞳が熱っぽく見つめる。 「はあっ、飲ませて、くださらないのですか……っ」 「うるせえな」 「で、でも、あとちょっとだったのにっ」 「ああ?」  なぜそんなに必死になって他人の精液なんか飲みたがるのか、意味がわからなかった。完勃ちしていたモノも、その姿に僅かに萎える。  苛立ちを隠さない久谷の表情を見て雨宮は慌てたように「でも気持ちよかったのでしょう」と言ったが、しかし残念ながらあれは彼のフェラのせいではなかった。しかしまさか、桐生の痴態を想像しただけで完勃ちしましたなんて情けないことを言えるわけもない。なにも言ってやるつもりはない久谷は、精液を欲しがってキャンキャン喚く口を無理やり抑えた。 「うるせえよ、お前ちょっと黙れ」 「んっ、んんーっ」 「あーもう、わかったから、俺はさっさと入れてえ」  そう一方的に呟いて、真っ白のバスローブを引き剥がす。なにも触っていないのにすっかり出来上がっているような小さい体を押し倒した。華奢で生白い女性のような男の体には正直まったくそそられなかったが、突っ込めばなんとかなるかと後ろへと手を回す。  我ながら最低な思考回路。けれど雨宮は、久谷がそういう男だとわかったうえで抱かれたがっているのだから、問題ないのだ。お互いに性質が悪いのはわかっている。せめてもの前戯として最初は入り口をなぞるつもりで指を動かす。しかし軽くをつついただけでぬぷりと簡単に中に入ってしまって久谷は思わず声を出した。 「ひ、ああっ」 「えっ? は?」 「はっ、あん、久谷様あ……」  もうすでにとろとろに蕩けている中に驚きつつかき混ぜれば、面白いようにびくびくと跳ねる体。まさか、準備というのは後ろの準備まで万端だったのか。すぐに指を増やせば、感じるがままにひんひんと上がる啼き声。とろんと快楽に溺れた瞳に見つめられ、もっとと続きを求められる。  しかしようやく僅かに乗り始めていた気分が、その目を見た途端に急に冷めて面倒くさくなってしまって。ふいに指を引き抜くと、久谷は雨宮の隣に寝転がった。 「あー……やめた」 「えっ、あ、あのっ、久谷様?」 「お前、乗れよ」 「えっ?」 「自分で動けって言ってんの」  欲情できる人間を相手しているわけでもない今、自分が動くのは酷く億劫だった。いや、ついさっきまでは動いて発散しようと思っていたのだが、派手に喘ぐのを見ていたら急に面倒くさくなったのだ。  なによりさっきから、雨宮の反応が見えてしまうたびに桐生の姿が脳裏にチラつくものだから、やってられない。勘弁してほしかった。  あいつなら頼んでもいないのに自分の後ろを解したりしない。あいつならこんな甘ったるい匂いはさせない。あいつならこんな声は上げない。あいつなら簡単に快楽に溺れようとはしない。  あいつなら、あいつなら、あいつなら――……  そんなことしか考えられない頭が、もう、どうしようもなくて。 「いいんですか? それじゃあ、失礼します……っ」  久谷の言葉に、嬉々として跨がってくる体。浮かんだ笑みは欲に濡れていて。  自分から言ったことなのに、それにさえこれは違う、こんなのを求めてたわけじゃないと思ってしまうから、始末に負えない。 「ひあっ、あっ、くるっくるっああんっ」 「く……っ」 「あうっんんっ、はいっ、たあっ……」  ぬぷぬぷと喰われていく自身。とろとろに蕩けた温かい粘膜に包まれて、久谷ははあっと熱い息を吐き出した。さすが、慣れているだけある。これならどうにかイケそうだ、と小さく笑う。  久谷の腹に手をつき、挿入の快感にひくひくと震えている体。包み込みながらうねる中はそれだけでも気持ちよかったが、だからといってもちろんそれで足りるわけではない。動きを促すように、久谷は下から軽く突き上げた。 「ひゃああんっ」 「ほら、動けよっ」 「あ、あっ、ふううっ、ひああんっ」  ゆるゆると動き出した細い腰。こういう男には、最初の一歩を促してやるだけで十分だ。素直に動き出し、段々と速くなっていく腰の動きに感心しながらゆるゆると太股をなぞる。  かわいい顔を歪めて一心不乱に快感を貪る姿は、確かにそそられるものなのかもしれない。男を煽るものなのかもしれない。  しかし――ぐじゅぐじゅと派手な音を立てて動く腰は、腹筋もなにもついていない、華奢すぎるもので。 「あっあんっ、ああっあううっ!」 『や、あ、うあっ……も、くそ……っ』  部屋に喘ぎ声を響かせる唇は、耐えることを知らない、すぐに善がり派手に啼くもので。 「やあんっ久谷様ぁっ、きもち、いい……っ!」 『はっ……も、むりだ……あ、あ!』 「ああんっ! あ、あはあ……っ」 『ひ、たすけ、くたにっ……!』 「――くそっ!」  重なる影。カッと一瞬で血が上る。  襲ってきた衝動に身を任せ、有無を言わせず体勢を変えて押し倒す。喘ぎ声か、抗議の声か、なにか声を上げようとした口を手で無理やり押さえつけ、がつがつと激しく腰を打ちつけた。 「んーっ! んんんんっ」 「っは、あ……っ」 「んんっ、んー……!」 「……っ、くそっ……」  脳裏に浮かぶのは桐生の姿。  俺に押し倒され、蹂躙され、艶かしく乱れるあいつの姿。 「ん、んんんんっ!」 「っは、」 「んんーっ!」 「くぅっ……!」  ドライでイッてびくびくと痙攣する中に、勢いよく叩き込んだ。吐き出される感覚に呻くような声が出る。震えて逃げる腰を捕まえて最後まで出しきり、ようやく盛りのついた猿のように振っていた腰の動きを止めた。荒い息を吐き出しながら自分の下で動かなくなった雨宮を解放すると、酸欠のせいか、ひくひくと痙攣しながら失神していて。 「っはあ……はっ、はっ……」  荒い息。どくどくと煩く暴れる心臓。  どさりとベッドへと身を投げ出す。息切れは収まる様子を見せなかった。ゆるゆると腕を上げて天井に手をかざしながら、照明を消していなかったことに今さら気づく。 「……は、ははっ……はははっ」  呆然と、笑いが零れた。  かざしていた腕をぱたりと下ろし、両手で顔を覆い隠す。カタカタとみっともなく震える手を誤魔化すように、顔の前でぎゅっと握り締めた。 「……嘘だと、言ってくれ……」  薄々気づいていた。できれば気づきたくなかった。もっと早く気づきたかった。だけどきっと気づくべきじゃなかった。気づかない方が幸せだった。  どうして今になって、気づいてしまったんだ。 『お互い快楽主義で好きでもない。後腐れのない、いい条件だと思うがな』 『ちょうど飽きてきたところだったし、だったらもういいかって』  今更気づいてしまった想い。  面倒くさいと、厄介なものだと、今までずっとずっと忌み嫌い、避けてきたそれは――けれど、甘いものでもなんでもなく。 「ははっ、サイアクだ……」  掠れた声が誤魔化しようもなく震える。なにも考えられなかった。ただただ、放心したように笑うことしかできなかった。  ようやく訪れた初恋は、気づく前から萎れていた。きっともう、それが芽吹くことはない。 第8話 きらいなんだと(おもっていたかった) 完

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