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Turning Kiss 2
「え、ちょっ」
世界の時間が止まった、気がした。
唇に押し当てられた柔らかな感触が、アスカの唇のものだとわかるまで、しばしの時間を要した。
口内に挿し込まれる舌に、誘うように舌を絡めとられる。
引き離さなければと思うのに、身体に力が入らない。
「……ん……っ」
吐息と共に漏れる声が、また堪らなく扇情的だ。甘い蜜をこぼすような官能のキスに、下半身が素直に反応し出した。
その先をせがむような、濃厚な口づけを繰り返す。永遠のように感じられた時間は、実際には十秒も経っていないのだろう。
やがて衆人環視の中、アスカがゆっくりと唇を離した。
「これで、どう?」
挑発的な瞳を小夜子に向けて、アスカは艶やかに微笑んだ。勝ち誇った眼差しは、強がる女のプライドを残酷に刺激する。
俺と同じく呆然としていた小夜子は、気を取り直したかのようにアスカをキッと睨んだ。
「バカにして……!」
テーブルに置かれたコップを手にして、あろうことか、その中身をアスカにぶちまける。
パシャリと派手な音がして、パタパタと水が滴り落ちた。
頭から水を被ったアスカは、それでも全く動じる様子はなかった。
「おい!」
小夜子を咎める俺を、アスカが腕を伸ばして制した。
神業のような手つきで俺のズボンの後ろポケットから財布を取り出し、札入れから抜き取った一万円札をテーブルの上に置く。
「少しは、気が済んだ?」
まるで慈悲を掛けるかのように穏やかな声でそう言って、アスカは立ち上がる。前髪から水を滴らせながら小夜子を見下ろすその顔は、殺人的な色気を放っていた。
「行こう、ワタルさん」
店内にいる全員が固唾を飲んで見守る中、俺はアスカに腕を引かれて店を出る。
「本当に、すまなかった」
「いいよ。これも料金に含まれてるから」
道を歩きながら、アスカが濡れた髪を掻き上げる。料金というのは、俺があのバーで支払った五万円のことだろうか。
「風邪をひいたら大変だ。着替えを買おう」
「すぐ乾くから、大丈夫だって」
拒むアスカを引っ張って、一緒に近くのデパートに入る。
エレベーターに向かって化粧品売場の間を縫うように歩いていると、アスカがふと立ち止まった。
「ああ。もう、売ってるんだ」
煌びやかなコスメカウンターに貼られたポスターには、少女と大人の狭間にいるような可憐なモデルが、西欧系の外国人男性とキスする寸前の距離で映っていた。艶めく唇には、トロリとしたリップグロスが塗られている。
「これ、試作品だったんだけど。ちゃんと商品になったんだね」
『HONEY LIP』
その唇にキスをすれば、きっと蜜のように甘いのだろう。
さっきのアスカとのキスのように。
「これが、どうかしたか?」
「ううん、ちょっとね」
そう言うアスカは、懐かしそうに目を細めて微笑んだ。
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