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第1章 噂の2人 2

そこには、間抜けな顔をしてこちらを見ている男がいた。こいつ確か、榎本トウヤとかいう奴だ。 この学園では毎日のように噂されている。 とは言っても不良グループを潰しただの喧嘩相手を半殺しにしただの、物騒な話ばかりだけど。 そんな悪名高い男だが、顔はヤケに整っている。切れ長で鋭い視線を送る目、スッと高く通った鼻筋、薄く引き締められた唇。無駄な肉など一切無いような美しい顎の骨ばったライン。 背も高いし、程よく付いた筋肉は女子が好みそうな体型で、こいつの女子評判は意外と悪く無い。 とは言っても恐ろしい噂のせいで誰も近寄らないし、榎本の前では皆静かだ。 周囲がその美しい容姿についてキャーキャー騒ぐのはこいつがいないところでだけだった。 噂の内容は置いておいて、毎日毎日騒がれているのは迷惑なことこの上ないだろう。 俺も同じようなもんで、少し同情する。 榎本についての話を思い出していると、そいつはいそいそと荷物をまとめ貯水タンクの上から降りてきていた。 そのまま無視を決め込んで屋上から出て行こう出しているので、思わず声をかけた。 「待て」 俺の言葉に反応し、ゆっくりと振り返った榎本は、困ったような顔をしていた。 …意外だ。こんな表情をするやつとは思っていなかった。 「…別に誰にも言わねぇよ」 「言う相手いなさそうだもんな」 そう返せば、今度は呆れたような表情を寄越してきた。 今にも溜息をつきそうな感じだったが、俺が榎本に向かって歩き出すと何故か固まったように見えた。 最初は脅して口止めでもしようと思っていたけど、どうにもこれ以上何も言う気にならない。 「…な、なんだよ」 「飯」 日陰になっている榎本がいた場所に座り込んで、食堂で買ったパンを取り出す。 榎本もそんな俺の様子を見て、自分の弁当を広げた。

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