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第3話 ホールケーキ
ぐい、と頬を拭って、紫乃はようやく静かになったスマートフォンへと視線を移した。
表示されている藤城からのメールを、間違って消さないようロックして、それから別のメッセージに目を通す。ふと目についたのは、あるメッセージだった。
(写メ付き? ……なんだこれ)
それは、とことん風変わりなメッセージで、紫乃は首を傾げながら目を通した。
添付された写真には大きなホールケーキが写っている。紫乃の好きなチョコレートケーキだ。そのケーキの真ん中には『Happy Birthday Shino』と書かれたチョコレートが乗っかっていた。
「……?」
その写真に、一言だけメッセージが添えられている。
『紫乃ちゃん先輩のためにケーキ買ったら意外とデカかった! 食べきれないよ、どうしよう!』
「いや、知らないよ!」
紫乃は思わず画面に向かってツッコんでいた。
こんなおかしなことをする奴を、紫乃はひとりしか知らない。
瀬戸 結太 。五つほど年の離れた、同じ事務所の後輩だ。
整った顔に切れ長の目、すらりとした高身長の結太は、ファッションモデルとして人気が出てきた期待の新人だ。
そんな男が、無駄に大きなケーキに困惑している姿が目に浮かぶ。
「一人暮らしのくせに……どうする気だよ、そのケーキ」
さっきまでの暗い気持ちを吹き飛ばすように、笑いがこみ上げてくる。そして、とりあえず笑わせてくれたお礼に返信する。
『助けに行ってやりたいけど、もう寝なきゃ。おやすみ、結太』
すると、速攻で返事が来た。
『薄情者ー! いいよもう! 男気で食べきるから! じゃあおやすみ! 舞台頑張って!』
いちいち語尾に「!」をつけてくるあたりが結太らしい。こんな夜中にホールケーキなんて食べたら太るし、ニキビできるぞ、と注意してやりたかったが、気が緩んだ紫乃はスマートフォンのスイッチを切り、寝室へと向かった。
アホな後輩のメールで気が晴れた。今夜は枕を濡らさずに済みそうだ。
紫乃は柔らかなベッドにもぐりこむと、静かに寝息を立て始めた。
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