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第5話 対談

 オフィス・ルーチェ。そこが紫乃の所属する事務所だ。今日の対談はその事務所で行われた。  久しぶりに会った同期の柳下(ヤナシタ)は相変わらず賑やかで、自然と紫乃の顔にも笑顔が浮かぶ。対談テーマは、この夏から始まる新作ミュージカルで共演する二人の意気込みについて。あまり人前で喋るのが得意ではない紫乃の代わりに、柳下が場を盛り上げてくれる。彼のおかげで、対談も撮影も終始和やかに進み、気持ちよく仕事ができたと紫乃は満足していた――はずだった。柳下からこんなことを言われるまでは。 「紫乃、なんか元気ないぞ。三十路に足突っ込んだからって、ヘコんでんのか?」  帰り支度をしている最中、柳下に声をかけられて紫乃は驚いた。そんなつもりは全くなかったのだ。ヘコんでいるように見えるそぶりなど、したつもりはない。けれど、柳下は心配そうに続ける。 「笑顔が暗いっていうか……なんつーか、無理してる感じがする」 「そんなこと……」 「俺の思い過ごしならいいんだけど。ま、いつでも連絡くれよ。相談くらいなら乗れるだろうし」  柳下が無意味にこんなことを言うわけがない。きっと、自分で気づかなかっただけなのだろう。  紫乃が不安げな表情を浮かべていると、柳下は焦ったように口を開いた。 「悪ぃ! なんか変なこと言っちまったな。これから舞台だっけ? 頑張れよ!」  背中をバシバシと叩かれ、紫乃は笑った。この笑顔も、無理をしているように見えるのだろうか。そんなことを思いながら、柳下と別れて移動のために駅へと向かった。

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