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第6話 電車にて
駅に着くまでの道のりも、電車に乗ってからも、柳下に言われた言葉が紫乃の頭から離れなくなっていた。
気分が落ち込んでいる自覚がないのは、一番厄介だ。
――落ち込む理由なんて、ひとつしか考えられないのだけれど。
電車に揺られながら、紫乃は考え込んでいた。無意識のうちにパフォーマンスに影響が出るのが一番の問題だ。プロなのだから、ここは徹底していかなければ。
「……せーんぱい、なに怖い顔してんの?」
不意に小声で話しかけられて、紫乃は弾かれるように顔をあげた。そこには、自分と同じようにマスクで顔を隠し、伊達眼鏡で変装をしている長身の男が立っていた。
「……お前、なんで……?」
「今日、時間空いてたから先輩の舞台観に来たんだけど。先輩こそ、なんでそんな顔してるの?」
夜中に「ホールケーキを食べきれない!」と言っていた、アホな後輩、瀬戸結太がそこにいた。
シンプルなグレーのチェスターコートに黒のレザーパンツという格好の結太は、自分では地味な格好をしているつもりなのだろう。しかし、抜きん出たスタイルの良さで、電車内ではすっかり浮いていた。
結太は自分の知名度を理解していない節がある。いくつもの雑誌の表紙を飾り、テレビドラマにも出演する俳優が、どうして平気な顔をして電車なんかに乗れるのだろう。紫乃には理解できなかった。
「ね、もしかしてあの人……この間ドラマに出てた人……?」
「名前は……確か、瀬戸結太だっけ……? すごい、スタイルいい!」
あれは女子大学生だろうか。こちらを見ながら話をしている内容がまる聞こえだ。同時に、車内が少しずつざわついてくる。
こうなってしまったら仕方がない。騒ぎが大きくなる前に、電車を降りよう。幸い、もう劇場まで一駅程度だ。それくらいなら歩いていける。
「次の駅で降りるぞ」
「え? なんで?」
「なんでも!」
紫乃は何も分かっていない結太の手を引いて、駅に着いた瞬間車両から飛び出した。
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