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第8話 楽屋到着

 ギリギリ入り時間に間に合った紫乃は関係者入り口から劇場内へと入り、慣れた手つきで着到板をひっくり返す。名札を裏返すことで、到着しているということを示す仕組みになっている。この一連の動作で、紫乃は仕事モードにスイッチを切り替えるのだ。 「おはようございます」  スタッフたちや共演者に挨拶をして、楽屋へと向かった。結太も一緒になって大きな声で挨拶をしている。こういうところはきちんとしているから安心だ。しかし、念のために釘を刺しておく。 「結太、あんまりはしゃいで、みんなが集中してるのを邪魔しないように」 「わかってますよーだ」 「……なんだか不安になるな」  各楽屋は上演中でも移動しやすいよう、のれんで区切られている。のれんをくぐった先には、もうすでにメイクや衣装などの準備を始めている役者たちが並んでいた。 「あ、紫乃ちゃん遅いよー! みんな集まれー紫乃ちゃんきたよー! って、あれ? 紫乃のついでにデカいのもついてきてる」 「“ついで”はないっしょ! みんなの応援に来たんですから!」  結太の頭をわしゃわしゃと撫でているのは、事務所の先輩俳優、真田辰馬(サナダ・タツマ)だった。男前という言葉が似合う精悍な顔つきは、きっと武道の心得があるためだろう。そんな真田が、大きな紙袋を持って紫乃の前に差し出した。 「紫乃ちゃん、誕生日おめでとう。これ、ここの楽屋のみんなから」  紙袋にはわさわさといろんなものが詰め込まれていた。よくみると、駄菓子から高級そうなチョコレートまで入っている。 「みんなが買って来たのを寄せ集めましたー! さあ、三十路の世界へようこそー!」 「美味しそうなチョコー……って、誰? スルメイカ入れたの! うわー……でもほんとすごい、ありがとうございます! これでしばらくお菓子に困らないです」 「あ、俺これ食べたい」 「黙れバカ結太!」  手を伸ばしてくる結太を真田が羽交い締めにしている。そんな和気あいあいとした雰囲気の中、「若人たちー、邪魔するよー」という独特な声が聞こえてきた。  その瞬間、紫乃の心臓がドクンと跳ねる。  振り向いたそこには、藤城の姿があった。

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