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第9話 いつもの事
のれんをくぐる姿は少し気怠げだが、188センチという高身長のせいもあって、“くぐる”という行為が面倒なのだろう。
藤城は短く切られた黒髪に、優しい印象を受けるアーモンド型の目をしている。いつも微笑みを浮かべているせいか、まったりした雰囲気を纏っていた。
紫乃はいきなり本命の登場に内心ドキドキしながら、ぺこりと頭を下げた。
「おはようございます、輝さん」
「ういー、おはよう。昨日はちゃんと寝たか?」
「言いつけ通り、ちゃんとすぐ寝ましたよ」
しっかり笑って受け答えできていただろうか。紫乃は柳下に言われた「笑顔が暗い」という言葉を気にしていた。藤城は人の表情に敏感だ。どこかおかしいことに気づかれるかもしれない。
しかし、藤城は何も言わなかった。
「よしよし、偉いぞ。言いつけを守れるいい子にはプレゼントだ」
シックなブラウンの包み紙で包装された箱をいきなり突き出される。お菓子でいっぱいの紙袋で手が塞がっていた紫乃は、慌てて袋を持ち直し、その箱を受け取った。
「これって……!」
包み紙にブランド名が書かれているので、中身がなんなのかすぐに分かった。紫乃が愛用しているスキンケア用品のブランドだ。主に女性に人気の店なのだが、香りが好きでバス用品やハンドクリームなどもここで揃えている。
「前にお前が好きだって言ってたとこの、まぁ、なんやかんや入ってるやつ」
「覚えててくれたんですか! うわぁ、嬉しいー……」
なんやかんやと濁したのは、多分、口にするのが気恥ずかしかったからだろう。藤城のそんな態度に紫乃はひとり笑う。
だが、そんな幸せな空気に割って入ってくる、自由人がいた。
「紫乃ちゃんせんぱーい、お腹すいたー。お菓子ちょうだーい」
「ん? 結太も来てたのか」
紫乃の後ろで甘え声をあげる結太に気づき、藤城は軽く手を振る。しかし、結太はツンとして挨拶もしなかった。この二人は、いつもこうなのだ。
「結太。ちゃんと挨拶しろよ」
「……っす」
「結太!」
「いーよいーよ、いつもの事だし。な? 結太」
紫乃に怒られても、結太のこの態度だけは変わらない。若さゆえに(とはいえ、もういい年こいた二五歳だが)、トンガっているところを見せたいのか、ただ単に藤城のことが嫌いなのか。紫乃には分からなかった。
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