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第10話 プレゼント
「じゃ、俺もう行くね。紫乃ちゃん先輩、頑張ってー」
「おい、開場まだだぞ? もう少し待ったほうが……」
またあの電車の時みたいに正体がバレたら騒ぎになる。それを心配した紫乃だったが、結太は気にもしていないようだった。
「大丈夫だよ。目立たないよう隅っこにいるから」
隅っこにいたとしても、目立つスタイルをしているということを、やっぱり分かっていない。
「あ。そうそう、忘れるとこだった。ハイ、俺からもプレゼント」
バッグの中から取り出されたのは、手のひらサイズの箱だった。高級感のある箱に入れられたそれは、少し重みがある。
「ありがとう、結太。これじゃ、もう持ちきれないな」
「小さくて助かったでしょ。これからどんどんファンの子からプレゼントがくるんだから、覚悟しなきゃね」
そうだな――と笑っていると、不意に結太の手が伸びて来た。何事かと思って身を引こうとした瞬間、後頭部に手を回されて後ずさりもできなくなってしまった。
「お誕生日おめでとう。今年も、“紫乃ちゃん”にとっていい一年になりますように」
「――ッ!!」
紫乃がプレゼントの山で身動きが取れないのをいいことに、結太はそのまま顔を近づけて、額をくっつけてきた。紫乃よりも背が高い結太は、余裕の表情を浮かべ、真っ直ぐに紫乃を見つめてくる。
人が見ているというのに、結太は先輩後輩の枠をとんでもなく外れたことをやらかしてくれた。それも、藤城の目の前で。
周囲は思わぬ結太の行動に驚き、固まっている。冗談にしては、結太の表情があまりにも本気だったからだ。
「おーい、結太」
そんな時、声をあげたのは藤城だった。
「紫乃ちゃん“先輩”、だろ? そういうとこはちゃんとしような?」
「…………はーい。んじゃ、舞台楽しみにしてるからね、紫乃ちゃん“先輩”」
ひらひらと手を振って、いつものテンションに戻った結太は去っていく。
しかし、一度おかしくなった空気はすぐには戻らなかった。
「よ、よーし、紫乃はアップしてから戻ってこい! えーと、藤城さんはアクションのリハあるんじゃないすか?」
「さっき終わったとこ。本番まで暇だから遊びにきたの」
「そうだったんすか! あー……結太が失礼なことばっかしてすんません! お詫びにこのうまい棒を……」
「どこに隠し持ってたんだよー。何味ー?」
「明太子味っす!」
「あ、好き。もらうわ」
楽屋のみんなから笑い声が上がる。ムードメーカーの真田が変な空気を変えてくれたおかげで、紫乃は安心して自分の鏡前に腰を落ち着けることができた。もらったプレゼントをとりあえず隅において、手際よく稽古着のTシャツとジャージに着替える。男ばかりの楽屋だ。別におかしなことじゃない。
「明太子うまーい」
藤城がいる前では少し着替えにくかったが。とりあえず身体をあたためるために劇場内でストレッチすることにした。
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