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第11話 ネックレス
「隣、いいか?」
階段の手すりを使って身体を伸ばしていると、背後から藤城に声をかけられた。
「仲が良いのはいいけどな、あんまり結太を甘やかすなよー。“紫乃ちゃん先輩”」
藤城の言う通りだった。甘やかしすぎるのは、本人のためによくない。先輩後輩の立場がはっきりしている芸能界で、ああいう態度はトラブルの元だ。
「すみません……なんだか、結太は弟みたいなところがあって、つい。輝さんに嫌な思いをさせちゃって……本当にすみません」
「そーじゃなくって。嫌なら嫌って言ったほうがいいぞ。あの熱烈なスキンシップ」
そっちか、と思いつつ、紫乃はストレッチを止めて藤城の方へ向き直る。そして苦笑いしてみせた。
「あれも、昔っからなんですよね」
「キスでもすんのかと思って、焦ったよ」
「……ああ、それならもう経験済みデス……」
「まじか!」
響く声で藤城が驚く。無理もないだろう。男同士でキスなんて、普通ではあり得ないことなのだから。そう思うと、胸がぎゅっと締め付けられた。
「あいつ、どんだけ紫乃のこと好きなんだよ……キスって、口に?」
「いや、ギリギリ頰でした」
「頰か……でも、やっぱなんとかしないとなぁ。そういうの」
確かに、と笑った時、紫乃はある違和感に気がついた。手すりを持って身体を伸ばす藤城の首元に目が釘付けになる。
藤城がいつもの指輪が通ったネックレスをしていないのだ。本番中以外は必ず身につけているはずなのに。
「……っ」
聞いてもいいのだろうか。ネックレスはどうしたのか、なぜ外しているのか、と。
「んー? どうかしたか?」
「え、いやっ……なんでもないです」
急に怖くなって、紫乃はネックレスのことを聞き出せなかった。
もしかしたら新しい恋人ができたのかもしれない。そうだったら、きっと立ち直れない。
これ以上、辛い思いはしたくなかった。
「……なんか悩んでるなら、愚痴ってもいいんだぞ? 今日のお前、なんか様子が変だ」
「変だなんて……ちょっと疲れが出てるだけですよ」
「そうやって無理して笑うな。……心配になるだろ」
大きな手が紫乃の背中をポンポンと叩く。その手があまりにもあたたかくて、思わず涙がこみ上げてきそうになった。
藤城は、優しい。だから好きだ。好きで好きで、しょうがない。
「心配しないでください。俺は、大丈夫ですから」
だからこそ、弱いところを見せられない。甘えてしまいそうになるから。
心に秘めてきた想いが、溢れそうになるから。
「それじゃ、ちょっと舞台の方で発声練習してきますね」
軽やかに走り抜けて、藤城から遠ざかる。練習なんてただの口実だ。
そんな紫乃の背中を見ながら、藤城は呟いた。
「……大丈夫そうに見えないから、言ってんだけどな」
いつもより弱々しい笑顔が、藤城には気がかりだった。
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