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第13話 ブレイクタイム

 紫乃の鏡前は男性メンバーの中でもしっかりと片付けられている方だった。メイク道具や、時計、母から貰ったお守りなどなど、物は多いのだがきちんと整頓してある。だが、この日ばかりは特別だ。 「……だれ? 俺の鏡前にチョコ山積みにしたの……」  昼公演が終わって戻ってみると、そこには小さな四角いチョコレートが限界まで高く積み上げられていた。それだけじゃない。隅の方にはプロテインがドカンと置かれているし、“わさびコーラ”なるドリンクが三本ほど綺麗に三角を描くように並べられていた。 「えー? 知らないなぁー? 自分で置いたの、忘れてるんじゃないー?」  わざとらしく答える仲間たちに、「もぉー!」と声をあげながら、紫乃はそれらを持ってきていたサブバッグへ収めていく。このままでは、メイク直しもろくにできない。  だけど、嬉しかった。みんながそれぞれのやり方で誕生日を祝ってくれる。それはとても幸せなことだ。この時ばかりは、もやもやと悩んでいた事も吹き飛んでいく。 「もー、犯人が名乗ってくれないと、プレゼントのお返しができないじゃんか」  笑いながらいうと、今度はそこにいた全員が挙手し始めた。自分が犯人だと、笑ってみんなが言う。  上演中の役者たちはとても緊張していて、空気が張り詰めているというのに、いまの彼らはゆるゆるとしている。このギャップが、紫乃は嫌いじゃない。  昼公演と夜公演までの間には、約二時間ほど休憩が取れる。その間に役者たちが集まって日替わりネタの打ち合わせをしたり、体と心を休めたり、食事をとったりするのだ。紫乃は一度仕事モードのスイッチを切って、一人でゆったり過ごすのが好きだった。 「ちょっと出てきます」  片付け終えた紫乃は、そう言って財布だけ持って廊下に出た。確か、楽屋から少し離れたところに自動販売機があったはずだ。ちょうど飲み物を切らしていた紫乃は、革製の黒い長財布を手にそこへ向かう。  その途中、ふと結太のことを思い出した。 (そういえばあいつ、昼の公演が終わったらまた来るもんだと思ってたんだけど、来なかったな)  結太の感想を聞きたかったのに。紫乃はそんなことを思いながらぼんやりと歩いていた。  しかし、結太も忙しい仕事の合間をぬって観劇に来てくれたのかもしれない。なら、仕方ない。あとでメールでもしておこう――そんなことを思った時だった。 「お疲れ、紫乃」  不意に肩を叩かれて、振り返るとそこには藤城がいた。首にタオルをかけて、片手には煙草の箱を持っている。ふわりと漂って来る煙の匂いで、今まで喫煙所にいたことがわかった。 「相変わらずの愛煙家ですね。体に悪いからやめたほうがいいのに」 「ははっ、最近の若い奴ってみんなそう言うんだよな。お前は自販機か?」  この廊下の先にあるのは、自動販売機と喫煙所のみだ。だとすると、煙草を吸わない紫乃の行く先は決まっている。 「お茶、なくなっちゃって」 「そうか。じゃあ、二人で少し話さないか?」 「……? いいです、けど……」  藤城に肩を押される形で、二人は自動販売機の方へ向かった。

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