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第14話 二人きり
ベンチに座り、紫乃は藤城がおごってくれたペットボトルのお茶を飲んでいた。藤城も缶コーヒーを買って、立ったままそれを口にしていた。そんな時だった。
「お前、本当に大丈夫か?」
藤城はさりげなく尋ねてきた。
『大丈夫』、とは何を指すのだろうか。
今、二人で一緒にいるだけでドキドキしているのだ。大丈夫なわけがない。しかし、そんな話をしているのではないことくらい分かっている。
「大丈夫って……もしかして俺、今日何かやらかしましたか……?」
舞台上で、何か気づかないうちにミスをしていたのかもしれない。それで、藤城を怒らせたのだとしたら――そう考えると、急に怖くなった。
「そうじゃなくて……なんていうか、お前の“心”の方だよ」
「ココロ?」
「そ。気持ちの問題。でっかいミスに繋がる前に、気持ちはクリアにしといたほうがいいぞ。楽屋でも言ったけど、なんかあるなら言え。溜め込むな」
そう言った藤城に、わしゃわしゃと頭を撫でられる。紫乃は硬直して、されるがままになっていた。何かあるなら言え、だなんて。そんなことできるはずがない。
――聞きたいことならある。
『どうしてネックレスを外したんですか?』
亡くしてしまった彼女の、大切な指輪。それをいつも大事にネックレスとして身につけていた藤城が、どうして急にそれを外したのか、知りたい。けれど、もしその答えが『新しい彼女ができたから』だったら? きっと紫乃の心は簡単に壊れてしまうだろう。
だから、聞きたくても聞けないのだ。
紫乃が逡巡している間に、藤城はコーヒーを飲み終えてしまったようだ。空き缶を捨てる音で、紫乃は我に返った。
「ありがとうございます……でも、本当に何にもないですよ。俺は大丈夫です」
「……大丈夫なわけあるか」
「ッ……!?」
急に、藤城は両手で紫乃の顔を包み込んできた。大きくて、あたたかい手だった。そして煙草の匂いがする。藤城の匂いが、すぐ近くにある。
「輝さんっ……!?」
「こんな不安そうな顔したお前、見てられないんだよ」
紫乃は混乱していた。藤城がこんな風に触れてくることなんて今までなかった。話の内容が頭の中を通り抜けていく。
「頼ってくれよ、頼むから」
そっと、手が離れていく。本当はもっとずっと触れていて欲しかったけれど。紫乃は思わず自分の手を頰に当てて、頰に残った藤城の手の温もりを感じようとしていた。
「……なぁ。もう一回聞くぞ。本当に、大丈夫なのか?」
「…………」
膝の上でぎゅっと拳を握りしめる。聞くべきか、聞かないでいるべきか。分からない。ただただ、紫乃は黙るしかなかった。
「紫乃」
優しい声音で、藤城が名前を呼ぶ。その声に、凍っていた心が溶かされるようだった。その優しさに、思わず頑なに閉ざしていた口を開いてしまった。
「どうして……あのネックレスをしてないんですか。今まで忘れたことなんかないでしょう? なのに、なんで今日は……」
これが限界だった。紫乃はそれ以上言葉を紡げなくなり、藤城は意外な事を聞かれて戸惑っているのか、彼もまた黙ってしまった。
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