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第17話 自然な笑顔で

 結局、昼公演と夜公演の間に結太は姿を現さなかった。きっと仕事が入っていたんだろう。そう思い、メールで『今日は来てくれてありがとう。よかったら、今度感想を聞かせてほしい』と打ち込んで送信した。  メイクの崩れを直して、夜公演へと備える。衣装のままでは寒いので、ウインドブレーカーを肩にかけて、机に突っ伏した。 「はぁ……」  ため息が出るのも仕方ない。これからどういう顔をして藤城に会えばいいのか分からないのだ。しかし、舞台では真正面からぶつかり合わなければならない。それが役者というものだから。 「……無理」 「あ、おいこら紫乃。無理とかいうなよ、景気の悪い」 「真田さん……いたんですか」 「いたよ! お前より先にいた! ったく、先輩をないがしろにするんじゃねぇよ」  真田が笑って言う。つられて紫乃も笑うが、どうも笑顔がうまく作れなかった 「大丈夫だよ、昼公演だってミスなしでいけたじゃないか。あんまり思い詰めると逆に大失敗するぜ?」 「うわあ、言わないでくださいよ、余計不安になりますから!」 「すまんすまん。弱気なお前って珍しいから、つい」  揶揄ってくるのはきっと紫乃の緊張をほぐすためだろう。ありがたく思いつつも、迫ってくる夜公演に緊張は高まるばかりだった。  本番まで、あと三十分もない。  楽屋にあるモニターには客席が映し出されていて、大勢の観客たちがざわめいているのがわかる。この舞台を、そして今日という日を楽しみにしてくれている人々だ。期待に応えなければ。 「よっし……気合い入れますか」 「その意気その意気。お前なら大丈夫だよ、心配すんな」  頰を叩いて、自分の目を覚まさせる。藤城のことを考えるのは後でいくらでもできる。  それよりも、自分は役者なのだ。何があろうとも舞台上でヘマをするわけにはいかない。気合いを入れ直した紫乃は、今度こそ自然な顔で笑って見せた。

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