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第18話 公演終了

 その日の夜公演はスタンディングオベーションで幕を閉じた。昼よりも、夜のお客さんの方がなぜかテンションが高い。役者たちも興奮が冷め切らず、楽屋で延々と、楽しそうに話をしていた。  しかし、紫乃だけは暗い表情を浮かべたまま、呆然として鏡前に座っていた。幾度もため息をつく紫乃の姿を、同じ楽屋の真田は見ていられなかった。  紫乃は、この舞台公演中初めてのミスをしてしまったのだ。  藤城と二人きりで話す場面で、セリフが全く出てこなくなった。観客も気づいただろう。あの不自然な沈黙に。  落ち着こうとすればするほど、変な沈黙が長引いて焦ってしまう。そんな悪循環に陥ってしまったのだ。  藤城が機転を利かせて、紫乃のセリフがなくても筋が通るようにセリフを変更してくれた。そのおかげでなんとか舞台は進んだが、袖に戻った瞬間、演出家から「馬鹿野郎。後で藤城に謝っとけ」と注意された。  頭の中が、もうめちゃくちゃだ。紫乃は頭を抱えて大きなため息をついた。 「あんまり気を落とすなよ。誰だってあることなんだから」 「そうそう。真田さんなんかもっとひどいですよ? セリフ噛むし、アクションはミスるし」 「お前はうるさいよ! ……とにかく紫乃、今日は早く帰って休め。明日に引きずるなよ」 「……はい」  せっかく励ましてくれているのに、真田の言葉が頭に入ってこない。曖昧に頷くだけの紫乃を心配しながら、すでに私服に着替えていた真田は、「よし、帰るか」と言いながらリュックを背負った。今の紫乃はひとりにしてやったほうがいいと判断したのだ。 「じゃー、お疲れ。紫乃も早く仕度しろよー」 「…………ありがとうございます、真田さん」  のれんをくぐって、真田は帰っていく。その時だった。 「あっ。輝さん、お疲れっすー!」 「ああ、お疲れー。また明日なー」  今、一番会いたくなかった人物の声が、聞こえてきた。

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