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第19話 抱擁
「邪魔するよ――って、まだ着替えてないのか、お前」
私服姿の藤城は、空いている椅子にどかっと座り、じっと紫乃を見つめる。その口元は笑みを浮かべいて、眼差しは優しかった。そして、何事かを少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「悪かった。俺がお前を動揺させるようなことを言ったから、あんなことになっちまったんだろ」
紫乃はハッとして立ち上がる。
違う、そうじゃない。藤城にはなんの責任もない。
「違います! あれは、ただの俺のミスです。ご迷惑おかけして……本当にすみませんでした」
紫乃は藤城に頭を下げた。自分のミスを誰かのせいになんてできない。今回のことだってそうだ。確かに動揺していたけれど、このミスの責任は自分にある。藤城が謝ることなんて、ひとつもないのだ。
「……顔上げろよ、紫乃」
言われて、ゆっくりと頭をあげる。そして藤城と目が合った瞬間微笑まれ、泣きそうになった。
やっぱり好きだ。この人が、好きなんだ。
好きで好きで、どうしようもない。
「輝さん……」
名前を呼ぶだけで胸が熱くなる。それと同時に切なくなって、また抱きしめて欲しくなった。
「――……!」
胸の内を読まれていたのか、藤城は立ち上がり、包み込むように紫乃の身体を抱き締める。今度は紫乃も腕を回して、藤城の首にすがりついた。
「っ……輝、さんっ……!」
名前を呼び、ただひたすら抱き合った。それだけで心が通じ合う。
もう、そこに言葉はいらなかった。
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