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第22話 鈍感

 地下駐車場は肌寒く、冷たい空気で覆われていた。そこに黒いセダンが一台停められている。これが藤城の車だ。 「結太は後ろに乗れ。紫乃は助手席な」  ピッ、とキーが開く音がして、それぞれ藤城に言われるまま車に乗り込んだ。乗った瞬間、煙草の匂いが鼻をかすめる。紫乃にとっては心地よい匂いだったが、結太は小さく「煙草くさい」とぼやいていた。 「……話を元に戻そうか。結太、言いたいことがあるんなら、言ってくれ」  ドアを閉めた結太は、促されるままに口を開いた。 「どっちがどっちに告ったんですか。紫乃ちゃんから? それとも、藤城先輩から?」 「俺からだ」 「……意外です。藤城先輩って、男は無理な人なんだと思ってましたよ。本当に、紫乃ちゃんのことが好きで告ったんですか? お情けとかだったら、殴りますよ」  淡々と、無感情に結太が話す。紫乃は俯いたまま膝の上で握りしめている拳を見つめていた。確かに、結太の言う通りだ。あの告白は本当に予想外で、理解が追いつかなかった。 「……そう思われても仕方ないか。ずっと、紫乃には辛い思いをさせていたからな」 「え……?」 「お前もとことん鈍いよなぁ……。紫乃が俺に惚れてることなんて、出会った頃から気づいてたよ。あんな熱い視線を送られて、気づかない方がおかしいだろ」 「俺もそー思う。紫乃ちゃんってば鈍すぎ。さっきの様子見ててもさ、俺が紫乃ちゃんのこと好きなのも、気づいてなかったんでしょ?」  二人に言われ、紫乃はさらに縮こまってしまった。自分の気持ちを抑えることで精一杯で、周りが見えていなかったのだ。藤城に自分の想いが気づかれていたことも、結太が自分を想っていたことも、全部全部、気がつかなかった。 「……ま、紫乃ちゃんが鈍いのは分かってたし、別に責めるつもりは無いよ。ただ、どうしても理解できないんだよね。藤城さん、なんでこのタイミングで告ったの? きっかけは何なんですか? ……亡くなった彼女さんのこと、忘れることにでもしたんですか」 「結太!!」  あまりの言い草に、紫乃は思わず声を荒げていた。しかし、当の藤城はふっと笑い、紫乃の肩に手を添えた。大丈夫だ、と言わんばかりに、優しい手つきだった。 「痛いところを突くよな、お前は」 「答えてください。じゃないと俺、納得できない」 「そうだな。これは紫乃にも言わないといけないことだし、はっきり答えないとな」  ハンドルにもたれかかり、藤城は優しい声音で話し始めた。 「俺はあいつのことを……綾香のことを忘れることは、一生無い。この先ずっと、何があっても」  遠い目をする藤城は懐かしい思い出話をするかのような表情を浮かべていた。

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